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藤井寺市医師会所属の医師たちが医療関係は勿論、多種雑多な話題について語ります。
2010/12/02 2010年11月の読書ノート
(1)イタリア完乗1万50000キロ  安居弘明  交通新聞社新書

 イタリアの鉄道は、もともと大半が国有鉄道でしたが、日本と同じように民営化され、「国の鉄道」と言う名前の会社がそれを受け継いでいます。イタリアのその線路の距離は、日本のJRの3/4に当たるそうです。
筆者は銀行員で、イタリアの支店に勤務している間に、そのすべての路線を踏破しようとチャレンジします。様々な苦労の末全路線完乗を達成しますが、イタリアでは当たり前の列車の延着や、時刻表の不備などもあって大いに苦労します。お国柄といってしまえばそれまででしょうが。
巻末にはイタリアの鉄道の路線図が掲載されており、それを辿って旅行に行った気分になれますが、正直時間がかかります。イタリア自体があまりなじみがないため、都市の名を言われても、どこにあるのかすぐに見当がつきません。恥ずかしながらこの本を読み終わるのに10日以上かかってしまいました。
地方に分けて、そのページで地図を載せるなりしてくれたらもう少し早く読めたかと思いました。


(2)ハゲとビキニとサンバの国  井上章一 新潮新書

 生まれも育ちも京都の筆者が、ひょんな縁でブラジルのリオ州立大学で講座を持つことになり、数ヶ月リオデジャネイロに滞在することになります。そこで彼が経験したブラジル社会を通して、日本を考えています。
ちょっと見には、ハゲに寛大であるように見える、ブラジル社会の本当の意識とはどういうものか、日系人の持たれているイメージとはどんなものか、女性美を感じるのはどんな所か、などなど両国を対比して紹介してあります。
ブラジルを紹介しているようで、実は日本文化論であった、と言う面白い本です。テレビなどでおなじみの、井上さんの語り口を思い出しながら読んでください。


(3)激変 日本古代史  足立倫行  朝日新書

 色々な新しい発見があり、考古学の分野ではこれまでの考えが大きく変わろうとしています。
邪馬台国、日本書紀、聖徳太子、大化改新、私たちが日本史で習ったことの知識が、今ではもう古いものになってきました。
邪馬台国とヤマト、大和の関係、日本書紀を作ったのは藤原氏の策謀、大化の改新は蘇我天皇に対するクーデター、聖徳太子は居なかった、などなど興味深い話題が次々に出てきます。古代史が好きだけれどどうも知識が混乱していて、という私のような人にはうってつけの本です。
しかしどんなことにも疑問を持つことは大事なことだと思います。皆さんは、「天子降臨」
でなく、なぜ「天孫降臨」なのか、など考えたことがありますか。私は全く考えたことがありませんでした。この事実を知っただけでも、この本を読んだ値打ちがありました。


(4)妻と罰  土屋賢二  文春文庫

 土屋教授が退官されて、初めての文庫本です。例によって家庭や大学でも尊敬されず、肩身の狭い人生を送っている土屋先生ですが、大学を退官されてもその人生に変化はないようです。
どのようにして、このような論理の進め方ができるのでしょう。肩こりの治るような、面白い本です。


(5)江戸人と歩く東海道五十三次  石川英輔  新潮文庫

 江戸時代になると街道も整えられ、諸国に旅をすることもそれより以前と比べると、容易になってきました。人の輸送手段は、徒歩以外には駕籠や馬くらいしかなかったので、西洋のように舗装する必要もなく、土を固めた道で両脇には木が植えられていました。、足には藁から出来た草鞋を履き、古くなれば決まった場所にそれを捨て、近郷のお百姓さんがそれを堆肥にするという、今流行のエコの世の中でした。
そのような江戸時代の旅を、100枚近い絵も掲載して紹介してあります。歌麿や広重の絵は有名ですが、それらを仔細に眺めると庶民の生活や、その日常から離れる目的の旅とはどの様なものだったかが見えてきます。
江戸時代は旅行も盛んで、女の人も旅行をしていたようです。それが出来る一番の原因は、やはり治安が良かったと言う事でしょう。世界でも珍しい、そのような治安の良さ、私達は誇りを持つべきだと思います。


番外編 誰がために鐘はなる  宙組  宝塚大劇場

 ヘミングウェイの有名な小説を、ミュージカル版にした作品です。
アメリカの大学でスペイン語を教えるロバート・ジョーダンは、スペイン内戦に義勇軍の一員として参加します。橋の爆破を命じられた彼は、その地のゲリラ隊の人たちの力を借りて、戦略上重要なその端の爆破を実行します。その計画を実行する四日の間に、彼はゲリラ隊の娘マリアと激しい恋に落ちます。その恋と爆破計画の結末は…、と言うお話です。
内容としては、暗い、辛い物ですが、主人公のマリアに対する愛情や、それを命がけで貫く生き方は宝塚ファンの、特に女性にはたまらないものがあるでしょう。私の周囲でも感激している方を何人も見かけました。私としては、「男はそういうものだよ」と言いたいのですが、「お前はどうなんだ」と突っ込まれそうです。
話としては登場人物がそう多くはないので、多くの組子を使うものにするのが難しいように思いました。その分内容が薄くなってしまっているように感じたのは、私だけでしょうか。


白 江 医 院 白江 淳郎

2010/11/01 2010年10月の読書ノート
(1)食の街道を行く 向笠千恵子 平凡社新書

 司馬遼太郎さんの「街道を行く」の食物編というような本です。
日本で昔から食べられている食材の、ルーツの土地を訪ねたり、またその土地から伝播して行った道を実際に移動して、その土地その土地のその食材に関する食べ物を紹介してあります。
有名なさば街道をはじめ、ぶり街道、昆布の道、お茶壺道中などその食材が運ばれた道は色々あり、そこに根付く生活があります。現在もそのような歴史を守り、文化を残している人たちが頑張っておられる姿を読んで、歴史の重みと伝統を守っていく重要性を感じました。
この本に掲載されている食べ物で、私が食べたことのあるのは、長崎松翁軒のカステラと、京都四条原了郭の黒七味(以前紹介したことがありますが、私はこれがお気に入りで、色々な料理にかけて楽しんでいます)くらいです。もしこの本で紹介されているものの中で、お取り寄せが出来るものがあれば紹介して欲しいと思いましたが、それでは各地で頑張って居られる有難みがないかなとも思いました。


(2)日本史重要人物の「意外な」その後  河合敦  光文社知恵の森文庫

 歴史上有名な人物は多いですが、その有名なことがあって以後にどのような人生を歩んだかを知らないことが多々あります。この本は、そう言えば知らなかったな、考えもしなかったなという出来事を面白く紹介してあります。
藤原道長、誰もが認める権力者ですがその晩年は不幸の連続だったようですし、赤穂浪士のリーダー大石内蔵助の子孫はどうなっているのか、幕末に始めて太平洋を渡った咸臨丸はその後どうなったかなど、気づかなかった色々なことが紹介してあります。
一つ一つのことが数ページで紹介してあるので、手軽にまた気軽に読める本です。


(3)ネクタイと江戸前  日本エッセイストクラブ編  文春文庫

 毎年日本エッセイストクラブが選ぶ、2007年度番のベストエッセイ集です。エッセイですので、ページ数で言えば数ページのものが61編収められています。
その中でも印象に残ったのは、辺見じゅんさんの「アムール句会」です。これは、戦後シベリアに抑留された人たちが、美しい日本語を忘れないようにしようと言う趣旨で、録を残すことが許されないなか、続けてきた句会を紹介してあります。私の母親の伯父が、新婚早々軍医として招集され、収容所でチフスの患者さんなどを治療中に感染し、死亡したという事があったのです。戦争の理不尽さ、平和の大切さを実感しました。


(4)イギリス王室の物語  君塚直隆  光文社新書

 私の好きな、肖像画で読み解くシリーズのイギリス編です。イギリスには国立肖像画美術館と言うものが国立美術館の隣にあり、肖像画だけを展示してあるそうです。
この本はそれらの肖像画の内有名な12編を掲載し、その王様にまつわる面白い話や、時代背景、ヨーロッパ大陸との交渉などを面白く紹介してあります。中学、高校の世界史の教科書に、このような絵画や、それにまつわる事柄が紹介してあれば、どんなに楽しく興味深く勉強できたことでしょう。
肖像画は写真ではないのですから、画家のその登場人物に対する認識、感情などが見事に現されています。今度から肖像画を見るときには、それらもしっかりと見ていかねばならないと考えました。
たとえばエリザベス女王とエディンバラ公の金婚式を描いた作品でも、ダイアナとの離婚後のチャールズはどこか陰のある、元気の乏しい表情で描かれて居たりします。


(5)二酸化炭素温暖化説の崩壊  広瀬隆  集英社新書

 私が常日頃考えていることを、整理し判り易く解説してくれています。
地球の温暖化が世界中の話題になっていますが、地球はこれまで氷期と間氷期を繰り返してきたはずです。最近話題になっている地球温暖化は、果たして二酸化炭素が原因になっているのか、または地球事態の変化なのか、このあたりの考察が十分になされず二酸化炭素が犯人にされています。
この本を読むと、この地球の温暖化でのヒステリックなまでの反応が、巨大産業の意図意的なものであることがわかります。以前紹介した本で、地球の温暖化に警告を鳴らしノーベル賞を取ったゴアが、アメリカの巨大資本を経営している人たちと濃厚な血縁関係があることが、述べてありました。そしてこの巨大資本化はそのビジネスを、地球の環境を整備すると言われているほうに転換しています。
実際、温度の測定方法が全くいい加減なもので、しかもそのデータを捏造して地球温暖化が劣悪になっていくと報告されているのです。さらに悪いことに、その事実をマスコミは報道せず、まだ二酸化炭素悪人説を展開しています。
もう一つ私が懸念しているのが、原子力発電のことです。これほどエネルギー効率が悪く、熱水で周囲の環境を破壊するものはないでしょう。電力会社はそのような事がわかっていながら、自分たちの利益のために、この事業を続けているのです。
また安全にそれほど注意し、心配のないものなら、自信を持って、東京なら皇居の内、大阪なら大阪城に巨大な原子力発電所を作ればよいのです。そのような事が出来ないのなら、世界の趨勢から遥かに時代遅れになった原子力発電を止めるべきです。しかも出来る予測もつかないプルサーマル計画に何千億ものお金をつぎ込むような愚かなことは、即刻やめるべきです。
これからの私たちが子孫に対して負っている責任、それを解決するヒントがこの本にはあります。


(6)おひとり京都の秋  光文社新書  柏井 壽

 京都在住の筆者が、京都の秋の見所や食事所、それにもう少し足を伸ばして、滋賀県の秋に観光すべき所などを紹介してくれています。
秋の紅葉の頃と言えば、京都は観光客がいっぱいで、ちょっと足が遠のきますが、やはり素晴らしい風景が楽しめるから、それだけの人たちが繰り出すのでしょう。この本は観光スポットとして有名な場所ではないが、京都の秋を満喫でき、胃袋を満足させることができ、と言う所を紹介してあり、この季節京都を観光しようと言う人には、うってつけの本です。
京都や奈良を観光するときには、その風景を楽しむだけでなく、その風景の持っている時代的な背景も楽しめます。それがこれらの町へ行く楽しみでしょう。この本ではそれらの説明も多くされており、それだけでも楽しめます。
気候もやっと動くのによくなってきましたので、この本を持って出かけられてはいかがでしょうか。


(7)娘に語る祖国  光文社文庫  つか こうへい

 この夏に死亡した、つかこうへいさんが、愛娘みな子さんに贈ったエッセイです。
在日韓国人の次男に生まれたつかさんは、有名な劇作家になり、韓国から出し物の依頼が来ます。それを機会に、一体祖国とは何かと言うことを考え出したつかさんは、子供のみな子さんに色々な思いを語り始めます。
この本は、娘さんに書かれたもののような題ですが、本当は自己再生の為にかかれたものでしょう。つかこうへいさんは、この本で蘇りました。


(8)街場のメディア論  内田樹  光文社新書

 私は常々、疑問に思ってきました。
少なくとも日本の知性を代表する義務のあるNHKが、なぜあんな低脳番組を作るのだろう。
患者さんを「患者さま」等と呼ぶようになって以来、また新聞が医療に関連する事故などを、大々的に報道するようになって以来、日本の医療が崩壊してきたのではないか
電子書籍を本当に読書家と言われる人は読むのだろうか。
これらのことを、私は漠然ととりとめもなく考えていたのですが、この本のおかげでやっと体系的にまとめる事が出来ました。内田さんが考えておられる、成熟した人間関係はなかなか作り上げることが出来ないかもしれません。しかし劣化してしまったメディアが再生しない限り、日本人の知性の再生はありえません。
本について書かれたところで、本棚の効用についてかかれた所がありました。我が家もいくつもの本棚があり、そこには祖父や父の蔵書が、それこそ子供の私を睨みつける様に並んでいました。一人っ子であった私は、やはりそれらの本といつの間にか心を通い合わせていたのでしょう。そのような経験は、電子書籍ではできません。また書棚に本を並べるととは、どういう意義があるのかということも(私は気づかなかったのですが)解説してくれ、実に役に立つ、よい本だと思いました。


(9)高杉晋作の「革命日記」  一坂太郎  朝日新書

 最近は坂本竜馬がブームですが、私が幕末で一番惹かれる人物は、高杉晋作です。革命思想と、長州藩の比較的高い身分の一人息子で、藩主を守っていかねばならない使命を生まれつき持っているその立場、これを両立させることに悩みながら、混乱の時代を生き抜き、28歳で短い人生を終えた、その生き方に興味と魅力を感じます。
その新作が残したいくつかの日記の数編が、現代語に読み直して紹介してあります。
萩から江戸への航海の日記、北関東、信州などで武道家や思想化を訪ねた日記、萩でのエリート官僚の日々の日記、上海へ派遣され西洋文明とであった時の日記、失意の内に投獄されたときの日記、いづれも簡潔に自分を見つめ、これからの日本の行方や自分の立場が考察されています。
私の20歳代は一体どんなものだったのかと、反省や懐かしさを感じながら読みました。

 これと同じ姿勢で北朝鮮とアメリカが交渉しており、その尻馬に乗って日本も経済制裁などを行っているとしたら、これほど危険なことはありません。
この本は実に重い内容の本で、今年これまで読んだ中でベストです。ぜひお読みください。


(10)ご当地「駅そば」劇場  鈴木弘毅  交通新聞社新書

 駅にある立ち食いそば、よく見かけますが、全国どこでも大きな違いはないと思っていました。ところがあるある、その土地その土地の特徴を生かして工夫した、ご当地麺が山ほどあります。
この本は全国の48杯の駅そばを紹介してあります。このうち私たちがすぐにでも味わうことが出来るのは、南海本線難波駅にある「南海そば」のにしんそばくらいですが、ちょっと足を伸ばせば、姫路駅や京都駅にも美味しい駅蕎麦屋さんがあるようです
一つ一つの蕎麦屋さんが数ページで紹介され、読みやすい本です。どこかに鉄道を使って旅行されるときには、必携の本でしょう。


番外編1  愛と青春の旅立ち 星組 宝塚大劇場

 以前日本でも大ヒットした、リチャード ギア主演の青春映画の宝塚版ミュージカルです。
孤独で人を愛し、共に生きていくことが出来なかった青年ザックが、海軍士官養成所で厳しい訓練を受けるうちに、仲間との友情、協力の精神、人を愛する心を持ち始め、成長していく姿を描いています。
上演時間は1時間40分位ですが、この間にザックの心の成長が見事に凝縮されています。孤独で一人で生きていくこと、その姿は強く逞しく見えるでしょうが、その奥には自分を傷つけたくないという心理があるのでしょう。主人公ザックが一時、恋人のポーラと別れた時に感じた心の傷、親友のシドを失った時に感じたぽっかり心に開いた大きな穴、それらを経験することで初めて自分と向き合い、本当の意味で人を愛することが出来るようになったのだと感じました。
先日の「ロメオとジュリエット」といい、今回の「愛と青春の旅立ち」といい、今年の星組はよい作品に出会い、絶好調だと思いました。特に男役トップの柚希礼音さん、この人はすごい。
このブログを読まれるときは、大劇場の公演も最終段階に入っていますが、お勧めです。またDVDをお求めになっても間違いはありません。


番外編2 はじめて愛した 雪組 シアタードラマシティー

 音月桂さんが雪組トップになり、はじめてのお披露目公演です。
殺し屋(スナイパー)の通称バードが狙撃をした、偶然その現場を目撃し、強いショックを受けて記憶喪失状態になった娘と一緒に、組織から逃れるという物語です。
一幕はよい流れで話は進むのですが、二幕になってからは、私のような粗雑な頭脳の持ち主には十分に理解しにくい形で、進んで生きます。話の筋が、暴走していると言ってもよいのではないかと思います。医学的に見ても話はおかしいし、警察が犯罪者と手を結んで彼を逃がすわけもないし。一体どうなっているのでしょう。そこらあたりが気になって、安心してみていられませんでした。
一幕が終わったときに、「ここで終わってもよいのでは」、と思ったのですが、その予測が残念ながら的中してしまいました。
生徒さんは頑張っていたけれど、私としてはしんどい作品でした。正月の大劇場の「ロメオとジュリエット」でのリベンジを期待しますが、今年の夏に「ロメオとジュリエット」を上演した、のりに乗っている星組のあのときの出来と、今の雪組とでは勝負になるかどうか。


白 江 医 院 白江 淳郎

2010/10/01 2010年9月の読書ノート
(1)宮大工と歩く奈良の古寺  小川三夫  文春文庫

 家内の実家が法隆寺のすぐ近くですので、よく行くのですが、建物自体をそれほどじっくりと見たことが無い様に思います。と言うより見ているつもりだったのですが、建築学的に見た事は余りありませんでした。
それに反して家内は小学校の下校時、知らない一見学者風のおじさんから、「この軒は三層構造になっている」と言う話を聞き、興味を持って法隆寺を探検していたそうです。
この本はその法隆寺の宮大工の棟梁が、奈良の古寺をめぐって建築工法などを面白く解説しています。法隆寺は樹齢の古い巨木を使って作ってあるようですが、時代が下るにつけて、小さな若い木を使わざるを得なくなってきているようです。しかしその反面、建築技術から見れば、はるかに進歩しているようで、大きな木を使えなくなったハンディを、技術で補っていった過程がよく判るようです。
この本は法隆寺をはじめとして、東大寺や唐招提寺など多くの有名なお寺を訪れ、興味深く解説を加えています。奈良の古寺を訪れるときには、必携の本だと思います。私も今度家内の実家に行くときにはこの本を持参して、建物の構造などを見てみたいと思います。ただ首が痛くなってしまう心配がありますが。
皆さんも平城京遷都1300年で奈良に行かれるとき、この本を持っていかれれば、一味違った奈良を味わえると思います。


(2)「はと」バス60年  中野晴行  祥伝社新書

 私たちの子供の頃は、東京の観光と言えば「はとバス」に乗るということが、いわばお決まりであったように思います。
戦後の東京の復興を、多くの人たちに観てもらおうと始められたのが、この「はとバス」観光の始まりでした。その頃の観光先は、国会議事堂であったり、皇居や明治神宮であったりと、日本の首府である東京をイメージするものが多かったようです。
しかし時代を経るにつれ、東京は文化の発信基地としての立場が強くなってきます。それとともに、「はとバス」の行き先もディスコであったり、世界各国の料理が食べられるレストランであったりと、時代のニーズに合わせて変化してきます。
この本は「はとバス」の歴史を辿ることで、日本や東京の戦後を検証しています。そういう読み方をすれば面白い本だと思います。
東京在住の人で、東京のことをあまり知らない人も、「はとバス」に乗ることが多いとのこと。なかなか面白い指摘ですが、大阪の観光バスは一体どうなっているのでしょう。私も、大阪でそのようなものがあれば乗ってみたいものです。


(3)ハプスブルグ家12の物語  中野京子  光文社新書

 スイスの一地方の豪族から次第に大きくなり、一時はヨーロッパ大陸の殆どを支配し、650年の間王家として君臨した、ハプスブルグ家。その歴史の中の様々な人物を、12の絵をもとに紹介し、この家の歴史を振り返った本です。 
以前の読書ノートで「ブルボン王朝12の物語」を紹介しましたが、同じ作者が今回はハプスブルグ家に挑みます。
ハプスブルグ家は、「戦争は他のものに任せておくがいい、幸いなるかなオーストリアよ、汝は結婚すべし」と言う家訓に沿って政略結婚を繰り返し、その地位を確固たる物にしていきます。しかし血族結婚が多かったため、鷲鼻で下顎が出ていると言う顔の特徴が伝えられただけでなく、精神や知能に問題のある人物も出現しやすいと言う、大きなハンディキャップが生じてしまいます。
それが一般庶民の家庭ならそれほどの実害はないかもしれませんが、国王の家となれば様々な問題が出てきます。そこで後世有名になる、血みどろの物語が色々と出てくるのです。
そのあたりの話を、筆者はまとまりよく、切れのよいタッチで紹介してくれます。掲載されている絵画も美しく、いつも手許に持っておきたい本の一つです。


(4)アフガンの男 (上)、(下) フレデリック フォーサイス 角川文庫

 フォーサイスの最新作です。予定ではもう少し後に読むつもりでしたが、フォーサイスファンとしてはどうも待てず、読んでしまいました。
あらすじは、イスラム教過激組織アルカイダが計画する大規模テロに対して、元イギリスの特別空挺部隊のエリート将校がリクルートされ、敵地に単独で潜入して任務を行うといったもので、彼お得意の詳細な取材によるリアリズムでいっぱいです。
フォーサイスは単に西部劇的な、善玉、悪玉といった色分けをせず、各々の人たちの立場や考えを紹介しながら話を進めていきます。そのおかげで、彼のどの作品もどこまでがノンフィクションで、どこからがフィクションかが分らなくなる時があります。(「ジャッカルの日」などはその典型)それだけ読み応えがあり、上、下合計500ページを超える本ですが、一気に読んでしまいました。
フォーサイスにとって3年ぶりの新刊ですが、待っていた甲斐がありました。
私のよく読む、トム クランシーとはまた一味違う軍事スリラーの作家で、大のお勧めです。


(5)アホの壁 筒井康隆 新潮新書

 久しぶりに読む、筒井さんの本です。アホを通して人間論を展開している本ですが、筆者がアホと形容している様々な要素を、多かれ少なかれ私たちは持っています。そこが読んでいて、腹の底から笑えない所ですが、展開の巧みさにつられてどんどんと読み進めていきます。
読み終わって考えると、文化的な生物だと考えている現代人も、たいしたことのない存在だと思えますし、しかしそうだからよりよい存在になるべく努力すべきだとも思えます。気軽に読み過ごしてはいけない問題を、作者は提起しておられるのですが、どうも気軽に読んでしまいました。


(6)消費税のカラクリ 齋藤貴男 講談社現代新書

 私は、齋藤さんの庶民の側に立ちうそは許さない、と言う姿勢が大好きです。この本も、政府や財界、はてはマスコミまでが当然のことと考えている、消費税の増税のカラクリを実にわかりやすく紹介してくれています。
お金がないから税金を増やす、一見当たり前のように考えがちですが、消費税の増税の裏には企業減税があります。これでは、企業を守る為に多くの国民に負担をかけているのと同じことです。また大企業は、下請け会社に価格の値下げを要求できる強い立場に居るので、下請け会社は消費税分を引っかぶってまで、受注に応えなければなりません。その結果、中小の企業の倒産がおき、ますます大企業の寡占状態になり、企業は潤っていきます。
消費税の増税があれば、ますます非正規雇用が増えるでしょうし、自営業者の倒産も増えるでしょう。「社会保障を目的に、消費税増税」などと菅首相は言っていますが、結果はむしろ逆になっていくことでしょう。
この本の紹介とは趣旨が違いますが、今回の民主党党首選挙の報道に違和感を感じていたのは私だけでしょうか。勿論小沢さんの持っている体質は嫌ですが、主張は結構リベラルで評価できるものがあったと思います。しかし新聞が行った世論調査は、それらの内容に踏み込む事なく、どちらが首相にふさわしいと思うかと言った物ばかりでした。あの小泉政権の誕生時に、マスコミによって国中が踊らされたような、そういう匂いを感じました。権力をチェックすると言う姿勢を日本のマスコミは失い、朝日新聞にいたっては自分が管政権を作ったように思っているような感じがします。これは非常に危険なことです。
そのような時期に齋藤さんのこの本が出版されたことは、非常に意味のあることだと思います。
皆さんぜひお読みください。そして政府、財界、マスコミにだまされないでください。


(7)即答するバカ  梶原しげる  新潮新書

 私たちはあわててその場を取り繕うと考えて、思い付きをしゃべってしまい、失敗することが多くあります。
この本は「物言い」や「口のきき方」について色々な実例を紹介し、解説してくれています。筆者は現役のアナウンサーと言うことで、その内容にも説得力があります。
しかしこの本はそれらのハウツー物ではなく、言葉を通して人間を磨き成長させていく重要さを教えてくれます。私ももう一度自分の話し方を、真剣に反省しなければならないと思いました。それが人格を高めるよい方法かもしれません。(といってもこの年齢だしなー)


(8)生き物上陸大作戦 中村桂子 PHPサイエンス・ワールド新書

 5億年前に海中で出来た単細胞生物が、ラン藻のような多細胞生物になり、上陸して植物になりました。この植物は三次元的に大きくなるように変わって行き、木になります。
水中に残った生物は陸上に上がり、木を頼りにしながら昆虫になっていきます。また水中で魚のような形態をしていた生物は、手が発達してきて陸上に上がり、脊椎動物になっていきます。
また地球の環境変化で、5回の生物の絶滅の危機がありましたが、そのたび全く新しい形態のその環境に適した生物が生まれ、繁栄してきました。 それらの最新の知識を判りやすく解説してあります。
何億年もたって、人類が滅亡し環境も大きな変化が起こり、新しい生き物が出現してその社会で古代生物学が盛んになったら、私たちの社会をどのように評価するでしょうか。実に興味あるところです。


(9)我々はなぜ戦争をしたのか 東大作 平凡社ライブラリー

 ベトナム戦争は、私の青春期の大きな出来事でした。その戦争が終わってから四半世紀たった後、その当事者であったアメリカの元国務長官や、ベトナムの当時の政府関係者、両国陸軍の将軍や政府関係者がハノイに集まり、どうしてあの戦争が回避できなかったのか、また早期に終結できなかったのか、二度とあのような戦争を起こさないようにするにはどうするべきか、などを真摯に語り合った記録です。
相互の不理解、思い込み、当事者にとっては当たり前のことでも、相手にとっては理解不可能な態度に見えることなどが重なって、あの悲惨な戦争が続きました。
和平交渉を始めるその日に、アメリカは北爆をより強化しました。その意識の底には、「強い打撃を与えれば、北ベトナムは交渉に出て来ざるを得ないだろう。」と言う、アメリカ人の考えそうな、西部劇のような常識があります。その様な事をされて、ベトナムの人にアメリカを信用しろと言うことは、それは無理でしょう。そのようなことの積み重ねで、ベトナム戦争は泥沼にはまっていきます。
この本を読んで、現在も続く北朝鮮の問題や、イラク、アフガニスタンの問題の解決プロセスについて考えました。
やはりアメリカが大きな世界観を持ち、どのような小国にも敬意を持つことでしょう。
誤解を受けるかもしれませんが、アメリカは9・11で何百人が死んだことで、イラクやアフガニスタンで、それよりはるかに多くの無辜の人たちを殺してきました。ベトナム戦争にしても何百万人のベトナム人を殺しているのです。一度も国土を侵略され、占領などを受けたことのない国の思い上がり、と言われても仕方がありません。

 これと同じ姿勢で北朝鮮とアメリカが交渉しており、その尻馬に乗って日本も経済制裁などを行っているとしたら、これほど危険なことはありません。
この本は実に重い内容の本で、今年これまで読んだ中でベストです。ぜひお読みください。


(10)ロンドンはやめられない 高月園子 新潮文庫

 駐在員夫人として25年間ロンドンで暮らした筆者が、私たちが普段持っているイギリスのイメージとは違った、イギリスでの生活の様子を紹介してくれています。
ゴシップが大好きで、辛らつな皮肉が好きで、階級社会で人々もそれを十分に理解し多くの人たちはそれから抜け出そうとはしない、そんな英国社会。
多くの人たちはその事実に無頓着です。また多くの駐在日本人は、ロンドンでもそのような環境を理解していないので、日本人でグループを作りますます孤立していきます。「郷に入れば郷に従え」で折角イギリスに来たのだから、ネイティブの人の中で生活し、違う国の生活を経験すればよいのにと思いますが、いかがでしょうか。
私もイギリスの生活に憧れ、リバプールの研究所に行きたいと教授に申請していたのですが、急に他の病院への出向が決まり、断念した経験があります。その病院は関西国際空港のすぐ近くと言う、皮肉なことでしたが。しかしそのときイギリスに行ければ、私はどのようにイギリスやイギリス人をとらえていたでしょうか。我ながら興味のあるところです。


番外編1  銀ちゃんの恋 宙組 梅田芸術劇場

 つかこうへいさんの「蒲田行進曲」を、宝塚版にリメイクした作品です。
自分が大スターだと思い込んでいる倉丘銀四郎(銀ちゃん)は、スキャンダルを恐れ、妊娠した恋人の、かつては売れっ子だったが今は売れていない女優の水原小夏を、自分に憧れている大部屋俳優平岡安次(ヤス)と無理やり結婚させます。心優しいのだけがとりえで、風采も上がらず売れない俳優のヤスですが、必死で小夏を幸せにしようと努力し、次第に小夏の心にも変化が出てきます。
一方銀ちゃんは新しく出来た恋人ともうまくいかず、次第に落ち込んでいきます。その銀ちゃんにもう一花咲かせようと、ヤスは銀ちゃんが出る「新撰組」の映画で、いったんは危険だと取りやめになった「階段落ち」を買って出ます。
死んでしまう危険のあるそのような場面の撮影当日、ヤスとのささやかな生活に幸せを見出した小夏に陣痛が始まり、ちょうどその時にヤスの命を懸けた、その瞬間だけは映画の主役になれる、階段落ちの撮影が始まります。・・・・
以前花組でこの作品を見たことがあって、宝塚でもこのような作品があることに感心したことがありました。その時も、大空祐飛、野々すみ花のコンビでした。この2人はそれぞれはまり役でしたが、この作品の命は、やはりヤスでしょう。なんとも哀しく、真面目で、しかし夢はどこかに持ち続けていると言う、多くの人たちが持っているが上手く形に現せない部分、その結晶がこのヤスのように思います。
今回はその役を、北翔海莉さんが見事に、哀しく演じました。毎回この人の演技には注目しているのですが、今回も素晴らしい出来でした。


番外編2  ジプシー男爵 ラプソディック ムーン 月組 宝塚大劇場

 大劇場では、トップが霧矢さんになって始めての、劇とショウの2本物です。
「ジプシー男爵」は、ヨハン シュトラウスU世のオペレッタを宝塚版にリメイクしたものです。ジプシー(今は「ロマ」と呼ばれていますが)を扱った話で、どのような展開になるのかと思っていましたが、宝塚らしく明るく、差別と言う微妙な問題を笑い飛ばしたもので、見終わって心が軽くなりました。
以前星組が演じた「ハプスブルグの宝剣」では、正面切ってユダヤ人差別が取り上げられたので、観ていてしんどくなりましたが、今回は音楽もよく、長年人気のある作品と言うのはやはり安心して見られるものだと思いました。
当時のオーストリアの国王、マリア テレジアの描かれ方も「ハプスブルグの宝剣」では冷静でストイックな人のようでしたが、今回の作品ではかわいい、愛嬌のある人のように描かれています。これも大きな違いです。
また個人的には、私は今回卒業される美鳳あやさんのファンなので、思いで深い観劇になりました。娘役でダンスは上手で迫力があり、地味ながら、重要な役を演じてこられました。彼女のような実力あるバイプレーヤーが居てこそ、いい舞台が出来るのだと思います。
ショウのラプソディック ムーンはまとまりもよく、すっきりとした作品でした。この主題歌は気がついたら口ずさんでしまうほど印象的な曲で、これもお勧めです。
今回の公演は、どちらも、いかにも宝塚と呼べるような作品で、好感が持てました。


白 江 医 院 白江 淳郎

2010/09/01 2010年8月の読書ノート
(1)大工道具の歴史  村松貞次郎  岩波新書

 昔家に大工さんが来られると、カンナで木を削る「シュ、シュ」と言う音やノミで木を穿つ「コン、コン」と言う音、ノコギリの音、またそれらとともに木の香りがして、心が浮き浮きとしました。薄いかんなくず、綺麗なものでした。
 最近は、大工道具が大抵が電気製品になり、音もうるさく、昔の風情がなくなってきました。この本はカンナ、ノコギリ、ノミ、などの大工道具や、トイシ、スミツボといった今の言葉で言えば、周辺機器の歴史や種類を詳しく紹介してあります。これらは用途に応じて、いろいろに工夫され、多くの道具を上手に使い分けることで、見事な建物を作ることが出来ました。その工夫が実に見事です。
 この本の初版が出たのは1973年で、すでに筆者は伝統的な工具が消えていくことを、憂慮しています。今となってはこれらのものは、殆ど見かけることが出来ないのではないでしょうか。
 私のように、松村貞次郎さんの名前を見て、懐かしいと思ってこの本を購入した世代なら、どうにかついていけるでしょうが、若い世代には、多種類の大工道具のイメージが湧かないのではないかなと、心配してしまいます。
 昔から、無名の職人が工夫し、作り上げてきた大工道具ですから、単に復刊するだけでなく、写真などを参考資料として、巻末にでもつけてくれれば、もっと面白い本になったのではないかなと思いました。


(2)白川静さんに学ぶ 漢字は楽しい  小山鉄郎 新潮文庫

 漢字学の第一人者白川静さんが、私たちが使っている漢字の由来をわかりやすく教えてくださいます。
 学生時代、漢字のカキトリは、「根性と回数で手に覚えこませる」と、英単語と同じ方法で叩き込んでいましたが、この本を読んで、漢字を体系的に覚えれば、もっと楽しく、容易に出来たのではないかと、悔しい思いをしました。
 なぜこの字でこんな意味があるのだろう、このようなパーツを集めて一つにした漢字がこの意味を表すのはなぜだろう、などと疑問に思ったことは皆さんも何回かはあることでしょう。
 この漢字のパーツの意味や歴史を知っておれば、結構楽しく漢字を見ることが出来ることが、この本を読んでよく判りました。ただ気をつけなければならないことは、当用漢字を作る時に、字形本来の意味を判らないままに改変した、誤った漢字が多くあることです。たとえば、「犬」でなければならないのに、「大」になっている物があります。やはり正しい物に訂正していくことが必要なのではないでしょうか。
 この本を読んで、特にそう思いました。


(3)オホーツクの古代史  菊池俊彦  平凡社新書

 北海道、特に道東が好きで以前は夏になると旅行をしていました。
網走にモヨロ貝塚と言う遺跡があり、そこは北海道のオホーツク海沿岸の古代史研究の出発点となった所です。一度は行ってみたいと思いながら、まだそのチャンスがありません。
アイヌでもない、といってエスキモーでもない、謎に包まれた人たちがこのオホーツク文化の主役です。セイウチの骨を使って作った見事なヴィーナス像、鳥の骨を使って作った精巧な針刺し、限られた材料を使って、このような高度な工芸品を作った人たちはどこから来た、どのような人たちだったのか、この本は様々な発掘資料を参考にして考察していきます。
司馬遼太郎さんが「街道を行く」の「北のまほろば」でロマンチックに紹介していた人たちのことが、おぼろげながら具体的な形で、私たちの前に紹介されています。あのような厳しい自然環境の下で、高度な文明を作り上げてきた、その人たちに対するロマンを感じられる本です。


(4)40歳からの腸内改造  松生恒夫 ちくま新書

 大腸がんによる死亡者が、だんだんと増加してきています。もともと私たち日本人には大腸がんの患者さんはそれほど多くないと、約35年前の学生時代には教えられたものです。それが食事の西洋化や、社会生活の様々な変化により40歳以後の大腸がんの患者さんはかなり増加してきました。
 筆者は大腸ファイバーの専門医で、多くの患者さんを診察してこられました。その多くの経験をもとに、食事の内容や、食事の習慣を改善することにより40歳以降の大腸がんの患者さんを減らすことが出来ると、確信します。そこで筆者の考えるレシピを紹介し、腸における排便のメカニズムや、それをよりよくするための方法を詳しく丁寧に紹介しています。
 何も難しいことはありません。私たちが子供の頃に食べていた、そのような食生活を取り戻せばいのです。いわゆる本格的和食が一番です。
 便秘でお悩みの皆さん、この本を読んですっきりしてみてはいかがでしょうか。


(5)「分かち合い」の経済学  神野直彦  岩波新書

 中曽根が始め、小泉、竹中が発展させた新自由主義経済。この行き着いたものは、今私たちが経験している、強者がより利益を追求するために弱者を搾取し続け、また社会的には、家庭や地域コミュニティー、またいたわりの精神を喪失した世の中です。
筆者はスウェーデンを参考に、政治の目的として「悲しみの分かち合い」を意味する「オムソーリ」、「ほどほど」を意味する「ラーゴム」と言う言葉をキーにして、すべての人たちがそこそこ幸せに生活できる社会を提案します。
この本を読むと、現在よく言われている「小さな政府」と言うものが、金持ちの資本家が自分たちの義務を軽減するために持ち出した、欺瞞に満ちた言葉だと言うことがよく判ります。また菅首相の消費税論議で明らかになったように、消費税は企業の税金を軽減し(結果、企業の当然果たすべき社会的責任を軽減し)国民一般にそのつけを回すというものです。なぜこのようなことをマスコミは正確に解説せず、国民に消費税ありきという認識をさせるのでしょうか。
この本を読んで、筆者や宇沢弘文東京大学名誉教授の指摘しておられることは当然のことだと思いました、「9.11」と聞いて皆さんはあのアメリカで起こったテロを思い出されるでしょう。私はそれよりも1973年9月11日、国民の正当な選挙で選ばれたチリのアジェンデ政権をアメリカのCIAがクーデターで倒した日を思い起こします。新自由主義を標榜するアメリカとはそういう国なのです。また新自由主義とはそう言う国家を目指している国なのです。
皆さんここでもう一度じっくり考えて、私たちのこの国のこれから進むべき道を考えましょう。


(6)ドイツ料理万歳  川口マーロン恵美  平凡社新書

 ドイツ料理といえば、ビールとソーセージのイメージがあります。しかしプロイセンが全土を統一するまで、多くの国に分かれていたドイツは、その各々の国に特徴的な特産の料理があります。
新しい食事を好まないと言うドイツ人気質もあり、各地に色々な食べ物が残っています。ドイツに25年以上住んでいる筆者は、ドイツ人との交流を経験し多くの食べ物を経験してきました。ビール、ソーセージだけでなく、チーズ、ワイン、白アスパラガス、川魚、ケーキなどドイツの人たちが好む様々な食材、料理法などを呼んでいると、一度訪れてみたくなります。


(7)原始日本語のおもかげ  木村紀子  平凡社新書

 そう言えば、総称として「きのこ」と言うのに、個々のこの植物の名前は「マツタケ」や「シイタケ」と言いますよね。「コダマ」と「山びこ」とはどう違うのかな。考えればいろいろな疑問があります。
 これらは日本語の進化と関係があるそうで、様々な事例を、多くの文献を参照することで紹介してあります。文字に残される前に当然言葉があったわけで、どの言葉がより古いか、考察することで各々の言葉の由来を知ることがより詳細にわかるようになります。
 筆者はこのような言葉の考古学を、専門にされているようです。古文が不自由なく読めたら、このような分野の研究は面白いだろうなと思いました。
 贅沢を言わせてもらうと、学術書として読めば面白いと思いましたが、新書として読むには、もう少し歯切れがよければ、と感じました。
 しかし筆者は、何冊かこのような本を執筆されているようなので、それらも読んでみようかと言う気になりました。


(8)世界の野菜を旅する  玉村豊男  講談社現代新書

 作家で、画家で、ワイナリーを持ち、農業をして野菜を育て、それを使ったレストランをワイナリーの近くにもち、と私の憧れている生活をしている玉村さん。30年来のファンです。
 この本は玉村さんが訪ね歩いた、色々な野菜のルーツへの旅行記、その野菜を使った料理を紹介したクッキングブック、自然に対する筆者の考えを紹介したエッセイ集と、色々な読み方が出来ると思います。
 ジャガイモを例に取ると、ポルトガルを旅行したときに食べた、タラとジャガイモの料理をきっかけとして、タラやジャガイモのがヨーロッパではどのように食べられているかを紹介したり、ジャガイモがアイルランドの人たちを救った話から、筆者のアイルランドへの旅行の紹介など、面白く話が展開していきます。テレビなどに時々出演されている玉村さんが、あの声、あのしゃべり方で旅行のガイドを務めてくれている、そういう感覚で読みました。
 だんだんと年をとって来ると、お肉などはあまり食べたいとは思わず、野菜や果物が好きになってきます。食事のおかずも、それらのものがだんだんと主役になってきています。それらを食べながら、手許において事あるごとに読んでみたい本です。


(9)女は男の指を見る 竹内久美子 新潮新書

 竹内さんの考えのベースには、ドーキンスの「利己的な遺伝子」があります。私たちが先祖からの遺伝子を受け継ぎ子孫へ伝えていく、そういう存在である限り、より優秀な遺伝子を残そうと考えるのは当然のことでしょう。
 しかしこのような遺伝子のたくらみを、私たちは自覚することなく、自然に実行しています。この本で述べられているように、女性が薬指の長い男性を選んだり、いい匂いのする人を選んだり、そのような事を無意識のうちに行っているのです。
 竹内さんはこのような、私たちが意識しない行動を、動物行動学の立場に立って説明してくれます。また参考にする論文が、実にユニークな発想で研究されたもので、この内容を読んでいるだけでも面白く、世界には頭の良い人が居るものだと感心してしまいます。 いろいろな動物のペニスの形と性行動の関係を調査した論文など、正直感心してしまいました。私たちはそういう意識はありませんが、より良い遺伝子を残すため、男性は「精子戦争」を行い、女性は無意識により良い遺伝子を受け入れるために、究極の選択をしている事が理解できました。
 私は竹内さんの本が好きで、全部の著書を読んでいますが、この本はノイエスも入れたこれまでの本の集大成のように思いました。


(10)江戸っ子はなぜ宵越しの銭を持たないのか  田中優子  小学館101新書

 この言葉は有名ですが、ただ格好好さを求めているだけではないようです。
この本は古典落語を集めたCDの特集に、江戸時代研究で有名な筆者が解説を加えたものをまとめたものです。筆者は江戸時代の「循環の生活」を強調します。
宵越しのお金を持たなかった背景には、条件は良くなかったとは言え、潤沢な住宅の供給があり、食費も安く、歌舞伎や寄席のような、いわゆるエンターテイメントも安くて、将来の不安のために、多くのお金を手許に持っておく必要のなかった社会があります。
庶民は必要最小限のものを持っているだけで、周囲の人たちとの助け合いで生活していけました。これはお互い様で、「明日はわが身」の考えがみんなの身についていたのでしょう。色々な道具でも修理して使い、多くの人たちが今で言うワークシェアリングをしてて、今から言えば貧しいけれど、ずっと心の豊かな生活をしていた江戸時代、それを実感できる本です。


(11)14歳からの靖国問題  小菅信子  ちくまプリマー新書

 国際平和、戦争と人道などを研究している筆者が、14歳になる娘さんにわかりやすく、靖国神社問題を解説した本です。
 もともとが、明治新政府のために命を落とした人達の為に立てられた靖国神社ですが、時代を経るにつれて、その解釈が変わっていきます。
勿論、中国侵略や太平洋戦争の時には、国家の目的を遂行する為に、多くの英霊を祭ってきました。しかしこれは、今となっては愚かな国家の目的を達成するための「犬死」だったのでしょう。また戦争末期にはただただ人命を消費して、指導者の考える大義名分を正当化するために、あたかも人をミキサーにかけて消費するような愚かな戦闘行為が、なんの反省もなく繰り返されました。
 私たちは、それらの事実をしっかりと認め、戦争でなくなった軍人、民間人としっかりと向かい合い、二度とこのような愚かなことを繰り返さないように、心を新たにしなければなりません。
 多くの人たちは、学校で歴史を習うとき、古代から授業は進んできますので、第二次大戦などの近代史を勉強しないまま卒業していきます。依然このブログに書きましたが、私たちの世代は、まだ少し戦後を引きずっていた世代です。理屈なしで、戦争は悪いものだと教えられ、感じてきました。もう一度それらのことを再確認する必要があります。
 それにしても私が理解できないのは、靖国神社に敗戦の日に参拝する、一人では行けず団体で行動する超党派の国会議員たち、石原慎太郎に投票する東京都民です。このような人たちが居る限り、日本は国際的に信用されないでしょう。


番外編  麗しのサブリナ、EXCITER、 花組  宝塚大劇場

オードリー ヘップバーン、ハンフリー ボガードのあの「麗しのサブリナ」、そのミュージカル版に宝塚が取り組みました。この公演はまた、新しく娘役トップになった蘭乃はなちゃん(あえて「ちゃん」と呼ばせてもらいます)のお披露目公演です。
映画で有名な作品ですし、シナリオはしっかりとしたものです。またこの内容が、愛らしい蘭乃はなちゃんにぴったりで、なかなか好感の持てる作品でした。月組の頃から、いつかはトップになるのではと思ってはいましたが、正直まだ早いのではないかと心配していました。
しかし作品が、ハッピーエンドで終わり、観ていて幸せな感じになるものでしたので、はなちゃんにはぴったりで、これぞ宝塚、と言う感じがしました。はなちゃんは歌唱力でちょっと気になった所があるとはいえ、安心できる出来でした。今後を大いに期待したいと思います。
またショウのEXCITERは昨年夏にもあったのですが、このときは「ベルばら」の出来の悪さにあきれ返っていた後だったので、印象はもう一つでした。しかし今回はブラシュアップされ、しっかりと引き締まったよい作品になったと思いました。
花組は娘役さんに美人でしっかりした感じの方が多く、見ていても安心します。これからも注目していきたいと思います。


白 江 医 院 白江 淳郎

2010/08/01 2010年7月の読書ノート
(1)オランダ風説書  松方冬子  中公新書

 鎖国政策をとっていた江戸時代、海外、特にヨーロッパの情勢を知るのは長崎、出島のオランダ人から得るしか方法はありませんでした。
 「風説書」はオランダの商館長から、通詞が話を聞きそれを将軍に報告すると言う方法で、200年間も続きました。当初はキリスト教禁令徹底のために使われていた風説書ですが、江戸時代も後期になると、「西洋近代化」に対する情報収集と言うように内容が変わってきます。
 ただし、オランダが日本に知られたくない情報は商館長がうまくごまかしたり、バイアスをかけたりされます。また将軍に直接聞かせたくない情報は、通詞が取捨選択したり、文章を上手にオブラートに包んで報告しています。全く事実と異なることはありませんが、「まあまあ」と言う内容になって報告されています。これらの駆け引きが、実に面白い所です。
 江戸時代も後期になると、オランダの国力も落ちてきます。またフランス革命をはじめとする市民革命がヨーロッパで起きてきます。新聞を筆頭とするマスコミが一般的となり、それら新しい知識が入ってきますが、鎖国が長かった徳川体制の通詞には、それがなかなか理解できないようでした。しかしそこはエリートですから大いにがんばり、そこそこ理解できるような報告書を作っています。
 この本はオランダと日本のまたは世界に対する日本の姿勢を、「風説書」を通して考察してあります。今日の私たちにも、共通する何かがありそうです。


(2)ウツになりたいという病

 最近、従来私たちがうつ病と考えていた、基準にあてはまらない状態の人が増えてきました。この方たちは典型的なうつ病ではないので、いわゆる抗うつ剤などを投与しても効果がありません。
 筆者はこのような人たちを、「ウツもどき」と表現していますが、なかなか面白いネーミングのように思います。筆者はこれらの人たちを三つの種類に分類し、実例を示して紹介しています。
 現代社会はストレス社会と言われていますが、その原因になっているのが、「〜すべき」と言う効率主義と合理主義、ポジティブ シンキングのみを要求する社会、アイデンティティーの喪失などでしょう。これらに対して私たちは、人間の持つ感情の二元性や曖昧さを認めながら、生活のいろいろの場面で「遊びの心」を失わないようにしなければならないでしょう。
 この本を読んで、生活や仕事に対して、一息入れたいような気分になりました。


(3)日々談笑  小沢昭一  ちくま文庫

 小沢昭一さんの、落語家の柳家小三治さん、作家の井上ひさしさん、俳人の金子兜太さんら17人の方との対談が掲載されています。どの方々とも話が面白く、あの小沢さんの語り口もあって、引き込まれていきます。
 金子兜太さんは大正のお生まれ、小沢さんは昭和の初期のお生まれです。わずかの年代差なのですが、育ってきた時代、また戦争や終戦を迎えた境遇が大きく違い、その対比が非常に面白く感じました。だんだんと大正生まれの方が少なくなってきますが、この対話は、大正時代というものがどのような文化を持っていたのかを、面白く教えてくれます。
 もう一つ面白かったのは、歴史化の網野善彦さんとの対話です。昔の公家の家と、陰陽師や厩、遊女屋などとの関係が紹介され、全く知らなかった事とはいえ、目を醒まされた感じでした。
 私は小沢昭一さんの語り口が好きで、それを思い起こしながらこの本を読むと、より一層興味深いものでした。


(4)短命の食事 長命の食事  丸元淑生  ワニブックス

 しばらく丸元さんのお名前を見なかったので、懐かしくて購読しました。知らぬこととは言え、二年前にお亡くなりになっていました。
 この本には、より良い質の生活を送るためにはどのような食生活をすればよいかというノウハウが、網羅してあります。
私はいつも患者さんに話しているのですが、昭和30年代前半の食事が一応の目安です。ご飯と、野菜などの煮付けたものやお魚、お肉は一月に1〜2回で「今日家はすき焼きや」と自慢していたあの頃、その食生活です。私は、最近年齢とともに食も細くなり、油ものを受け付けなくなってきましたが、この本には若い人でも抵抗が少なく受け入れることが出来る食事のレシピも紹介してあります。
 食事を見直すことは、自分の生活の規範を見直すことだと私は考えます。どうぞ御一読を。


(5)都バスで行く東京散歩  加藤佳一  洋泉社

 以前は大阪でも、市電が走りトロリーバスや市バスが走りで、多くの人たちの足代わりになっていました。ヨーロッパ等の環境を大切に考える国では、最近路面電車が復活し、市民生活の大切な一部になっているようです。しかし日本では、今の所便利な足代わりというのは、バスでしょう。
 この本は都バスを利用し、色々な特典のあるチケットを使いながら、東京の名所をまわって見ようというものです。
 私たちのよく知っている場所だけでなく、小さなお店や喫茶店、風呂屋さんでは実際に入浴までしてしまうと言う体験旅行記として読めば面白いと思います。
 東京には、まあたかが400年ですが(関西人として言わせていただいていますが)それなりの由緒ある建造物や、生活習慣、伝統がまだ息づいています。それを訪ねる事も面白いと感じました。


(6)旅客機運航のメカニズム  三澤慶洋  ブルーバックス図解シリーズ

 最近は旅行に行く時間も無く、「飛行機にもしばらく乗っていないなぁ」と思っていたらこの本に出会いました。パイロット、航空整備士、航空機運航管理者など様々な資格を持ち、実際の現場で働いていた筆者が、航空機の出発準備、飛行計画、離陸、航行中のオペレーション、着陸など一連の作業を詳しく紹介してくれています。
 これを読めば、いかに多くの人がこの仕事に携わっているかが判ります。あんな重い飛行機が空を飛ぶためには、やはり多くのケアが必要なのです。離陸するとき、窓際に座ったキャビンアテンダントが窓の外をじっと見ているのを見たことはありませんか。私はてっきり、仕事が大変で物思いに浸っておられるのだと思っていたのですが、おお間違えでした。
 目から鱗でした。この本には、ちょっと知っておれば自慢したくなるような多くのことが紹介してありました。今度飛行機に乗るときには、ぜひ持って行こうと思いました。


(7)なぜ日本人は落合博満が嫌いか? テリー伊藤  角川oneテーマ

 題名に引かれて読み出しましたが、(多くの人と同じように私も落合は苦手、彼の奥さんはもっと苦手)筆者の考えている日本人論で、なかなか楽しく読めました。
 多くの人たちとの和を大切にする、日本人のメンタリティーから、落合監督は非常に離れた所にいます。しかしこれから、私たちはこれまでの様々な柵を超え、しっかりとした個人を確立して生きていくべきでしょう。その手本となるのが落合監督だと、筆者は言います。
言われて見ればその通りで、資格があるにも拘らず「名球会」に入ろうともしない、WBCに中日の選手を積極的に参加させないなど、その理由を考えれば尤もなことなのですが、多くは語らず実行していく、そのすごさ、不気味さ、そして強さが彼にはあります。
ファンに喜んでもらう、一番の仕事は勝つことだと信じ、それに徹しています。まあそれが、ある意味では本当のプロの監督なのでしょう。
中日は、どういうポイントを見込んで、彼に監督を依頼したのでしょうか。それが興味あるところです。


(8)木簡から古代がみえる  木簡学会編  岩波新書

 文字の書かれた木片、それが遺跡の泥の中から発見され、そこの書いてある墨文字を解読することで、古代の人のなまの生活がわかる、なかなか楽しいことです。
 そもそも、木簡と言うものがポピュラーになったのは、奈良の長屋王邸宅の遺跡から大量に発見され、彼の生活ぶりが明らかになってきてからでしょう。文献で色々と想像されていたことが、この木簡に書かれたことを解析することで、よりリアルなものになったのです。
 木簡学会が定義する「木簡」と言うのは、発掘調査により出土した木片に墨書があれば時代を問わないのだそうです。因みに最新のものは、徳島県の遺跡の発掘調査でたまたま見つかった、昭和30年代の小学校のプール授業に際して児童が吊り下げる、命札だそうです。
 木簡は古代のものと考えていましたが、考えればお魚屋さんで魚の値段を書いて横においてある薄い木片、あれも立派な木簡になります。木簡を生活の中で使う習慣は、現代まで脈々と続いているのです。お墓の卒塔婆も、考えればそうですよね。(学会に提言しよう)
 全国でかなり大量の木簡が、細長く裁断された形で出土しています。これは木管の再利用と関連しているのですが、一体どうしてだろうと思いますか。答えは、読んでのお楽しみです。


(9)100語でわかるワイン  ジェラール・マルジョン 白水社文庫クセジュ

私たちがワインを飲んだり、それについて薀蓄を傾けようとしたときに使うあるいは出会う言葉を、100語選んで解説してあります。
 ワインは好きで飲むのですが、正直言ってよく判りません。行きつけのお店の、ソムリエさんにその日の料理に相応しい物を選んで頂き、説明を聞きながら、「美味しいな」と感激しながら飲んでいます。普段飲む、限りなく3桁に近い値段のワインでは、御託を並べることは必要ないでしょう。
しかしこの本を読むと、ワインの作り手が多くの知識や方法を使って、製品を作り上げていることが理解できます。ただ飲んで、酔っ払って、転寝をして、では失礼だと反省しました。
ちょっとした知識を頭にいれ、ワインを楽しく飲むにはよい教材だと思いました。
ただ、偉そうなことを行って申し訳ないのですが、訳がもう一つで、あまりワインのことをわかっていない方が、大学入試の英文和訳の(この場合仏文和訳か)模範解答を書いているような感じがしました。ワインの良さを伝えると言う、感じが伝わってきません。ワインの知識のある人に監修してもらえば、面白い本だけに、もっとよかったように思いました。


(10)エロティックな大英帝国  小林章夫  平凡社新書

 私は正直に言いますが、題でこの本を選びました。しかしこの本は、面白かった。ほっとしています。
 19世紀末のヴィクトリア女王時代のイギリス、最も世界に輝き、「大英帝国」と言われ「お堅い」と言われていた時代に、「わが生涯の秘密」というエロティカの聖典とも呼ばれる本が発刊されたのです。このギャップは一体どういうことか、またそれを生み出した環境は、また本当の作者は誰なのか、筆者は多くの文献を参照し、面白くまたわかりやすく話を進めていきます。
 筆者はその本の作者を特定し、彼の交友関係、また彼らの育ちによる性向を詳しく説明してくれます。結局そのような環境が大英帝国を作り、「わが生涯の秘密」といった本を作らせたのでしょう。
 イギリス人論として読めば結構面白いと思います。お勧めです。


(11)走ることについて語るときに僕の語ること 村上春樹  文春文庫

 有名な小説家である村上春樹さんは、マラソンランナーでもありました。知らなかったこととはいえ、驚きました。年齢は私より3歳上ですが、フルマラソンを年に1回、その他トライアスロンや、100キロマラソンにも挑戦しておられます。
 この本はランナーとしての村上さんが、そのトレーニングを通して、小説や自分自身とどのように向かい合っているか、そのことについて実に平易な文章で説明してくれています。
 私も体を動かすことが大好きですが、とても村上さんのように突き詰めることは出来ません。しかしスポーツに対する考えの、どこかに共通点があるように思いました。


(12)ブルボン王朝12の物語  中野京子  光文社新書

 ブルボン家は約250年の間、フランスで君臨しました。その250年の間、いろいろの物語の主題や、主人公を提供してきました。
 勿論、文学だけでなく絵画、美術の対象としても格好のものだったでしょう。この本では時代順に有名な絵画を紹介し、それに関連のあるブルボン王朝の人たちを紹介してあります。
 絵画は勿論画家が描くものですから、肖像画の場合は特にその画家の目を通したモデルの評価が、明らかに出てしまいます。素晴らしい人ならば、より素晴らしく、卑しい精神の持ち主と考えられる人なら、より下品に。
 そのように見れば、ゴヤの描く「カルロス四世家族像」などはその典型でしょう。ゴヤは当然この王室に依頼されてこの絵を描いたわけですが、登場人物は全員いかにも卑しく、能力の低そうな感じです。このような絵をかかれて、(しかもお金を出して)この人たちは満足していたのでしょうか。結局は、その程度の人たちだったのでしょうか。
 それに反して、ポンパドゥール夫人の美しさはどうでしょう。能力と美しさにあふれており、実に魅力的に描いてあります。土台が違うと言えばそれまでですが、こうも違うのかなと言うのも実感です。
 この本は紹介してある絵も、また中野さんの文も歯切れ良く、ずっと手許に置いておきたい本の一つです。


番外編1  ロジェ  雪組  宝塚大劇場

 雪組男役トップの水夏希、娘役トップの愛原実花の卒業公演です。
 あらすじは第二次大戦の末期に、目の前で家族全員を殺された主人公が、成人後インターポールの刑事になり、ナチスの戦犯を追及しているヴィーゼンタール機関の調査員やパリ市警の力も借りて、その犯人を追い詰めると言うものです。
 今回多くの生徒さんが卒業することもあるので、どうも総花的で台詞も長く、内容が薄くなってしまったと言う印象です。しかし終盤の盛り上がりはあり、中盤ウトウト、終盤ホロリといったところでした。
 水さんという人は、ダンスもうまく、話を聞いても人柄や頭の良さがうかがえる人で、退団は残念です。愛原さんは先日亡くなられた、つかこうへいさんの娘さんです。前回の作品あたりから、どうにかトップらしくなってきた所でした。あまりにも早い退団です。今公演では悲しみなど一つも見せず、健気に頑張っていたのが印象的でした。


番外編2  ロメオとジュリオット  星組  梅田芸術劇場

 あのシェークスピアの「ロメオとジュリエット」をミュージカル化したもので、世界の多くの国で上演されてきたものです。それを宝塚でおなじみの小池修一郎さんが潤色されました。
なかなか素晴らしい作品でした。やはり脚本がしっかり出来ており、音楽もダイナミックで素晴らしい、そこに小池さんの潤色、演出が加われば、鬼に金棒といった所でしょう。小池さんは、この作品に「愛と死」というテーマを与え、それを象徴するダンサーを配置しています。私の好きなミュージカルの「エリザベート」と相似たテーマではあります。それが素晴らしい音楽とともに、私たちに迫ってきます。
今年上半期見たものの中では、(スカーレット ピンパーネルは別格です。)ベストでした。大阪の後、博多で公演がありますが、追っかけをしてもよいような、それほどの作品です。勿論、行きませんが。
と、ここまで書いていたら次回雪組の公演で、再演することになったと言うニュースが入ってきました。大劇場で、最後のショーも、オーケストラも入り、新男役トップの大劇場お披露目で、また当然なると思っていた娘役の人がトップになれず、「この人ではなー」と思われていた人とのダブルキャストで、と色々と話題の多い公演になりそうです。

白 江 医 院 白江 淳郎

2010/07/01 2010年6月の読書ノート
(1)釣って開いて干して食う 嵐山光三郎  光文社文庫

 沖釣り専門誌の「つり丸」に掲載されたエッセイを、編集したものです。色々な魚を釣り、船の上で開いて内臓を取り除き、塩をふって干す、と言うことをして干物を作ります。
 アジやタイ、イカやヒラメなど様々な魚を求めて各地へ行き、その旅行記として読んでも面白い本です。魚によって習性が異なり、釣り方も異なります。筆者は船の船長や先輩に指導を受けながら、思いもしないほどの釣果をあげたりしています。その違いを読むことも、面白いものだと思いました。
 この本を読んで、色々な魚の干物を食べたいと言う気持ちになりました。自分が釣った、その魚の命をいただく、そう言う事だけをすれば、資源の枯渇、自然破壊など起こらないのでしょうが。


(2)いい人ぶらずに生きてみよう 千玄室  集英社新書

 茶道裏千家の大宗匠が、今日の日本について意見を述べておられます。尤もなご意見です。由緒正しい、家元としての責任ある家に育った人の責任ある発言だと思います。
 一人ひとりが、凛としてこのような信念を持って生きていけば日本もよい国、世界に誇れる国になるでしょう。しかし現実はそのような人は少なく、そこをどのように変えていくかと言う所で、みんなが困っているのではないのかと思います。
 この本で紹介されている「叶うはよし、叶いたがるは悪しし」という千利休の言葉、これを肝に命じておこうと思います。


(3)海賊キャプテン・ドレーク 講談社学術文庫 杉浦昭典

 キャプテン・ドレークと利いて連想するのは、海賊、世界一周、無敵艦隊の撃退、という一見脈絡の無い言葉です。
 しかしこの本を読むとその時代背景がわかり、たとえ海賊と呼ばれることがあっても、貴族になる、国のために戦うということが可能であったことがわかります。エリザベス女王といっても大きな軍隊を持ってはおらず、ドレークや有力貴族が私的に持っている軍隊や艦船を頼らなければ、大きな戦争は不可能でした。そしてその戦いで武勲を立てた人には、「サー」の称号を与え王国に取り込んでいきました。
 わずか10歳で船乗りになり、国王には認められ、しかし他の国では海賊と呼ばれる仕事で活躍したドレークですが、根底には祖国への愛情がありました。またカソリック対プロテスタントという宗教上の対立も根底にありました。
 それらを根っこに持ちながら、ドレークは世界を一周し、またスペインの無敵艦隊を破るのです。
 この本は、それらの史実を入念に調査し、図なども入れて詳しく紹介してくれています。物語と言うよりは、学術書のような感じを持って読みました。


(4)昭和史の深層  保坂正康  平凡社新書

 司馬遼太郎さん亡き後、昭和史を語るのはこの人か半藤一利さんしか居られないでしょう。公平、冷静、不偏といった言葉で表現すればよいでしょうか。様々な資料やその時代に生きた人たちに取材し、問題点を整理して私たちに良質の判断材料を与えてくださいます。
 太平洋戦争、強制連行、沖縄戦、東京裁判、私たちはこれらに対して体制派の人たちや、反体制派の人たちから様々な意見を聞かされてきました。そのうちの約8割は様々なバイアスがかかったもののようです。残りの1割は全くうそといってよいもの、最後の1割が良質な資料といってよいものです。
 そのようなものにどのように巡り合うか、またその資料の真贋をどのように見抜くかが、作家の力量です。そういう意味で保坂さん提示してくれる資料は、どれも一級品だと思います。
 昭和を、特に戦争の時代を知っている人たちは段々と少なくなってきています。軍関係や大日本帝国の植民地支配、南京事件などの大日本帝国についての不利な文章等は、終戦時に焼却されていますので、生き残った人たちの証言だけが唯一の証拠になることがあります。早くその作業を進めなければなりません。
 過去に向かいあって、それを冷静に反省することなしに、日本が世界の人たちに信頼されることは無いでしょう。


(5)目利きの東京建築散歩  小林一郎  朝日新書

 東京には江戸と呼ばれた頃からの、首都の機能とそれを維持していった建物が残っています。勿論最近はその頃以上に様々な機能が集中していますから、多くの重要な建物があります。 それらの建物を、散歩しながら見ていこうという目的からこの本は書かれました。
 国会議事堂などもニュースではよく見ますが、実際のものを見たことは小学校の修学旅行のときだけです。東京に住んでいる人たちも、この本を手にして東京巡りをしたら楽しいでしょう。
 それにしても、この本で紹介されている建物の中で、私が見たことがあるのは、国会議事堂と東京駅だけでした。大阪人であることを実感しました。


(6)ハプスブルグ家の食卓  関田淳子  新人物文庫

 もともとは神聖ローマ帝国の、片田舎の領主に過ぎなかったハプスブルグ家ですが、政略結婚を上手に繰り返すことにより、ヨーロッパの名家として600年の歴史を刻んできました。
 私の好きなミュージカル「エリザベート」の台詞の中に、「戦争は他の国に任せなさい。幸運なオーストリーは結婚を」と言うのがありました。私はこれが単に台詞の一つだと思っていたのですが、実際の所ハプスブルグ家の家訓だったのです。驚きました。
 その政略結婚を続けていくうちに、ハプスブルグ家には結婚相手から持ち込まれてきたヨーロッパ各地の習慣や、料理が根付きました。またオスマントルコが、ヨーロッパの一部を支配していた時代もあり、その文化も入ってきました。
この本には歴代の有名な皇帝や皇女が好んだ食事が紹介され、それを読みながらハプスブルグ家の歴史や、ヨーロッパの歴史が復習できます。そういう読み方をしたら、非常に有益な本です。特に私のような宝塚ファンの人には面白いと思います。
 食事のレシピが紹介され、それはそれで興味がありますが、ふと沸き起こった疑問は、本当にこれだけの料理を食べていたのだろうか、と言うことです。昼食や夕食には20品目近い料理が出されているのです。全部一口大のものであっても、昼食だけで私の一日分はあるように思いました。
 この料理だけで見て、王家に生まれなくてよかった、男エリザベートにならなくてよかったと思いました。


(7)突然死の話  沖重薫  中公新書

 日本で年間約6万人の人が、心臓性突然死で亡くなっています。「心室細動」と言う状態が原因となっていることが多いのですが、それらの起こる原因、起こり方、対処法、最新の治療方法を、手際よくまた判り易く解説してあります。
 AEDが公共の場所などに置かれるようになり、人々の心臓突然死に対する認識も変わってきました。何かがあった時、以前よりも抵抗無くこの機械を使えるようになってきたのではないでしょうか。そのような事への基礎知識として、この本は有用だと思います。
 ちなみに藤井寺市医師会の会員は、その診療所にすべてAEDを備え付けています。緊急の場合には、すぐにお越しください。


(8)バルサ対マンU  杉山茂樹  光文社新書

 私にとって、前作「4-2-3-1」に次いで2冊目のこの筆者の本です。サッカーの戦術について、実に面白く紹介してあります。
 題材になったのは2009年5月27日のUEFAチャンピオンカップ決勝戦、実力、人気とも世界的な、スペインのFCバルセロナとイングランドのマンチェスター ユナイテッドの両雄のゲームです。
このチャンピオンカップに出場できるのは、ヨーロッパの各国のプロサッカーリーグで、前年に優秀な成績を残したチームです。それらのチームがリーグ戦を行い、上位チームが決勝トーナメントに残ってきます。世界での評価は高く、今行われているワールドカップよりも、内容的に優れていると言われています。その大変な大会の決勝戦に、世界各国のスター選手がそろう両チームが進出したのですから、ファンならずとも興味を引くことは間違いありません。(ちなみに私は中学生の頃からのマンチェスター ユナイテッドのファンです。)
 外国では公的に賭けが認められている国が多く、サッカーのゲームを対象にしても行われています。このような世界的に注目を集めるゲームなら、当然賭けが大々的に行われるのですが、このゲームでのオッズは「50対50」という前代未聞のものでした。つまりハンデをつけるプロ中のプロでもどちらが勝つか判らないと言うゲームだったのです。
 結果はバルセロナが2対0で勝ったのですが、実力伯仲と思われていたチームどうしの、どこでその均衡が破れたのか、そこの所を詳しく面白く解説してあります。
 この本を読めばサッカーの監督と言う職業は、非常に奥の深いものだということが判ります。また現代サッカーに、いかに岡田ジャパンが遅れているのか(また彼を選んだ日本サッカー協会がいかに世界から遅れているか)と言うことが判ります。
 もう一つ驚くべきことは、この本は出版されたのが今年の3月なのですが、筆者は日本代表チームの取るべき戦術の一つに、本田のトップ起用をあげているのです。ひょっとしたら岡田監督はこれを読んだのでは、と思ってしまいます。
 これから日本サッカーがとるべき道を示唆した、いい本だと思いました。


(9)ジョージ・ベストがいた  川端康雄  平凡社新書

 私は小学校、中学校とサッカー少年でした。中学校2年生のとき、イギリスでワールドカップが開かれ、イングランドが優勝しました。英語を習い始めた私は勉強もかねて(と言う名目で)イギリスのサッカー雑誌を船便で取り寄せ、購読していました。
 またテレビでも、サンテレビで月曜日の午後10時から「三菱ダイアモンドサッカー」が、イングランドやドイツのサッカーのゲームをダイジェストで放送していました。
 このときのイングランドの代表的な強豪クラブチームが、マンチェスター ユナイテッドで、綺羅星のように名選手が揃っていました。その中で特に有名だったのが、ボビー・チャールトン、デニス・ロー、そしてジョージ・ベストです。(ちなみに私は、この3人の他に、ノビー・スタイルズと言う選手が好きでした。同じような視点で、現在のマンチェスター ユナイテッドでは、ポール・スコールズがお気に入りの選手です。マニアックな話ですみません)
 アイルランド生まれの華奢な、このとき20歳にちょっと足りない青年だったベストは、信じられないようなスピードとドリブル テクニックで、人気選手に成長していきます。このとき音楽の世界では、ビートルズが有名になりつつある時期で、長髪をなびかせて華麗に舞うベストは、ビートルズとともに若者の神様になって行きます。その後、若くして有名になった人のお決まりの人生が、彼を待ち構えます。そしてついに2005年インフルエンザがもとで、59歳の人生を閉じてしまいます。
 アイルランドのダブリンで行われた彼の葬儀には、20万人もの人が沿道で彼を見送りました。カソリック、プロテスタント関係なく、祖国の英雄として彼を見送ったのです。このときに沿道に掲げられたスローガン[Maradona Good, Pele Better, George Best]、これを読んだとき、電車内でしたが涙腺が緩んで、仕方がありませんでした。
 筆者は私とよく似た世代の、サッカー フリークです。青春が思い出され、懐かしい気持ちになりました。


(10)戦国軍事史への挑戦  鈴木眞哉  洋泉社歴史新書

 戦国時代を書いた本などを読んで、軍勢3万人等と書いてあるのですが、実際どのようにしてこれほどの人数を集められたのか、不思議に思っていました。筆者も同じように考え、様々な文献に当たったようです。そうすれば次々に、私たちが今持っている合戦に対する、誤った考えが明らかになりました。
 鎧を着、刀や槍で正々堂々と戦いあう戦など、まずは無かったようです。誰でもそんな恐ろしいことは、出来るだけ避けたいでしょう。多くの場合、弓などの飛び道具を用いた、遠隔戦争だったようです。またそのようなスマートなものの変わりに、石や岩を投げたり落としたりして敵にダメージを与えていたようです。鉄砲が出現して以来、死者、負傷者数は弓の時代より増えたようですが、やはりこの遠隔戦争と言う考えは変わりませんでした。
このようなことは考えれば当然なのに、大日本帝国陸軍は、肉弾攻撃など思考を全く停止した作戦(とは呼べませんが)を繰り返し、多くの国民を殺し続けたのでしょうか。狂気の沙汰としか考えられません。
 折れたり曲がったりしやすい日本刀を用いて戦争をするのは、戦の褒美を与えるときに敵の首や耳、鼻等を示さなくてはならなくなってからのようです。刀は敵の首を取ることで大いに役立ったのです。
 鉄砲を使った近代の戦いの原型となる物を、織田信長が長篠の戦いで武田氏の騎馬軍団に対して行った、と言うように習いましたが、実際は織田氏の持っている鉄砲の数は突出して多くも無く、それほど規律に沿って戦うと言う思想も無かったようです。そもそも戦国大名直属の部下と言うのはそれほど多くなく、それ以外の人たちも集めて、常備軍を作り、訓練を続けることなどは出来なかったでしょう。
 冷静に考えればわかることでも、テレビなどを見ているとついつい誤ったものを正しいと思い込んでしまいます。そういう意味では、この本は啓蒙書の一つと言えるでしょう。



番外編  トラファルガー  宙組  宝塚大劇場

 イギリスの英雄、ナポレオンの侵攻からイギリスを救った、ホレイシオ ネルソンの物語です。副題に「その愛と奇跡」あるように、ネルソンの武勇伝と不倫の恋愛を絡めた作品です。
 正直、私はこのような不倫ものは宝塚には似合わないと思います。勿論ネルソンと人妻エバの永遠の愛、と言うことも出来、それに感動する人もいるでしょうが、それによって傷ついた人たち、不倫の結果生まれた子供(しかもホレイシアという名をエバはつけた)のこれから背負っていくものを考えたら、なんとも重い気持ちになります。
イギリスの敵として当然ナポレオンが出てくるのですが、男役2番手蘭寿トムさんを生かそうとしたばかりに、そちらにも力が入り過ぎ、内容として希薄になったように思います。
いっそのこと、イギリス側だけで話を作るか、戦争スペクタクルに絞ったほうが内容が濃かったように思うのは、私だけでしょうか。様々な突っ込みどころのある作品出した。前回の「カサブランカ」が出色の出来だったので、余計に何か惜しいような気がしました。

白 江 医 院 白江 淳郎

2010/06/01 2010年5月の読書ノート
(1)すきやばし次郎 鮨を語る 宇佐美伸 文春新書

 ミシュランで三つ星を獲得した、「すきやばし次郎」と言うお鮨屋さんの主人、84歳の小野二郎さんに対してのロングインタビューを本にしたものです。これまでの小野さんの人生が淡々と語られていますが、色々と人生の教訓がちりばめられています。
 若いうちの苦労は買ってでもすべきだと言うこと、(これは尤もだ。ただ私はもう若くないから、苦労しなくても大丈夫。)良いものを作ろうとしたら十分な準備をすること、等々。今なお現役で鮨を握っておられるのだから、説得力があります。そういう読み方をすれば、なかなか面白い本でした。
 しかし目の前で握ってもらったお鮨を食べたことの無い私など、お鮨の微妙な味加減等判るのでしょうか。全然自信がありません。一度は食べて見たいものだと思いますが、その勇気がありません。せめてこういう本を読んで、薀蓄を傾ける程度でしょうか。


(2)活字たんけん隊  椎名誠  岩波新書

 読書大好きな椎名さんが、読んできた色々な本を紹介してくれています。岩波書店の「図書」に掲載していた本に関する思いや、体験の話を書いたものを紹介してくれているのですが、出てくる本、出てくる本がとても面白そうで、買って読んでみたくなります。
 椎名さんのような、プロ中のプロと張り合うわけには行きませんが、私と比べてやはりよく本を読んでおられると言う印象です。またそれを紹介する文章も面白く(プロだからなー)、これからのこのブログの参考になることが沢山ありました。


(3)「理科」で歴史を読み直す  伊達宗行  ちくま新書

 これまで歴史を見るとき、経済や政治を中心に話が進められてきました。この本はそれと違って、数の認識や表し方、鉄や金、銀、銅などの鉱物資源とその精錬後術、科学の認識、等に焦点を当てて歴史を見ています。
 この本で面白かったのは、日本、東アジア、ヨーロッパ等の歴史を一つにまとめた表が、所々で使われていることです。これによってたとえば数学で見ても、関孝和が考えた和算は、同時代のヨーロッパと比べても進んだ物だった事がわかります。
理科系の論文を読むような感覚で、判りやすく歴史を紹介してくれている本でした。


(4)不幸な国の幸福論  加賀乙彦  集英社新書

 多くの日本人は、自分のことを幸福だとは思っていません。悲観的な目で見てみると、市場原理主義の旗の下、社会格差が広がり、あの嫌な「勝ち組」「負け組み」といった言葉で人を分類しようとします。
 国の予算にしても、このような時代だからこそ、福祉、教育など弱い立場の人たちに優先的にまわすべきなのに、いまだに公共事業優先です。しかも多額の国債を発行し、多くのつけを私たちの子や孫に押し付けようとしています。しかしこのような、誰が考えても愚かな事を許し続けたのも私たち国民です。
 一言で言って、国民が、また自由な意思を持った自立した個人が、この国では成立していないのでしょう。その結果、個人の尊厳などは重要だと扱われず、自殺者が世界の他の先進国に比べて、はるかに多いと言う異常事態が起こっています。
 筆者は様々な経験から、幸せに生きるために大事な方法を紹介してくれています。「足るを知る」ことの重要性、「あきらめ力」を持つこと、「今出来ること」を精一杯することなどです。


(5)機関車トーマスと英国鉄道遺産  秋山岳志  集英社新書

 我が家の子供たちが小さいころ、テレビで「機関車トーマス」の放送を良く見ていました。私も、お付き合いで見ていましたが、真剣に見たわけでもないので、内容はほとんど覚えていません。
 しかしこの本で、作者のウィルバート オードリーのことを知り、またイギリス人の鉄道遺産に対する愛情を知りました。一度チャンスがあれば、トーマスの物語を読んで見たいものだと思いました。
 産業革命を契機として、イギリス中に鉄道網が引かれました。しかし多くの鉄道は産業の変遷などにより、廃線になったりしていきました。それを多くのボランティアの人たちが引き取り、形態はさまざまですが実際に動かして、鉄道遺産として維持しています。
 この本は筆者がオードリーの足跡を追いながら、イギリス各地にある鉄道遺産を紹介してくれています。この本を読めば、一度イギリスに行ってこのような鉄道に乗ってみたい気持ちになってしまうこと請け合いです。
 多くはありませんが写真もあり、旅行をした気分になります。


(6)お坊さんが隠すお寺の話  村井幸三  新潮新書

 日本人は、信心する心を失っているように言われています。実際現在のような、めまぐるしい、おいたてられるような毎日を送っている私たちに、宗教や死生観などを考える余裕は、無いのかもしれません。
 しかしこのような時代だからこそ、心の拠り所になる宗教が必要だと思われますが、宗教界はその努力を怠ってきました。「葬式仏教」と呼ばれるように、お葬式に力を注ぎ、法外な値段で戒名をつけ、檀家の人たちに様々な要求をして来ました。檀家の寺離れが起こって当然でしょう。
 もとはと言えば、江戸時代に幕府の支配機構に組み込まれ、甘い汁を吸ってきたその体質から抜け出せず、時代や社会のニーズに応えられなくなって来たのが原因と考えられます。これからのお寺の再生について、筆者は意見を述べていますが、私たち医師も他山の石として考えなければならない所もあると思いました。


(7)医師がすすめる男のダイエット  井上修二  集英社新書

 私も医師の端くれで、3年前から始まったメタボリック症候群に特化した「特定健診」については、色々言いたいことがあります。それはさて置き、この本はメタボとよく言われる中年以降の男性にとって、体重コントロールがなぜ必要か、またその方法はどうか、それを維持するためにはどうするべきかを、判りやすく説明してあります。
 その人の身長を基準にして標準体重を計算するのですが、肥満の方にその値を言っても遥かかなたの数字で、最初から拒否反応を起こされます。そこで学会では肥満症の人には、最初の6ヶ月でそのときの体重の5%落としましょうと指導します。またメタボの人には6ヶ月で体重3kg,腹囲3cm原料を目標に設定します。そしてそれが達成されれば、それを維持するように努力してもらいます。
 そのような指導の根拠などもわかりやすく説明されて、私が診療所で患者さんに説明する代わりに、これを読んでもらったほうが良いようにも思いました。
 体重をコントロールすることに目覚めることは、自分の生活を見直すことだと私は思っています。そのための良いテキストブックだと思いました。


(8)古代豪族の謎  「歴史読本」編集部編 新人物文庫

 物部氏、葛城氏、蘇我氏、秦氏など古事記や日本書紀に出てくる多くの豪族、名前は良く知ってはいますが、実際どれほど詳しく知っているのかと言われれば、自信がありません。この本は多くの文献を引用しながら、これらの豪族の出自やその辿った歴史を、最新の研究結果も入れながら紹介してあります。
 古代豪族と天皇家との関係は、江戸時代の徳川家と外様大名の関係と同じようにとらえられます。つまり婚姻関係を保ち勢力の均衡を保ちながら、天皇家をより強力なものにして行こうと言う考えです。豪族の方も天皇家と婚姻関係を結ぶことで、支配している地域で、より安定した政権を維持することが出来ます。
 これまで私たちが、一つの家と考えていた記紀に載っている豪族名も、吉備氏のようにその地方の豪族集合体の総称であるものもあると言う知識(考えればその様な事は当たり前かもしれませんが)も得ることが出来ました。
 巻末には豪族、氏族事典もあり、手許に置いておくのによい本です。


(9)フランス革命の肖像  佐藤賢一  集英社新書ヴィジュアル版

 フランス革命のときに歴史に登場した多くの人物の肖像画80点を収録し、フランス革命の歴史を同時に紹介してあります。
 写真と違い肖像画はその作者の主観が反映されます。また、その主観がより強調されることもあるでしょう。そういう意味で、登場する人物は、私が持っていた印象とは大きく異なることがありました。
 まずはルイ16世、愚かなデブの印象がありましたが、どうも違っています。一番持っていた印象と異なったのは、ロベスピエールです。冷酷無比で、暗いイメージがあったのですが結構可愛らしい童顔で、一体彼のどこにあのようなことをするモチベーションが宿っていたのかと、不思議になります。
 「どこか呑気なジロンド党」、「厳し顔のジャコバン党」、「戸惑い顔のテルミドール党」等と表題をつけて、その人たちが革命の歴史の中で果たしてきた役割を要領よく纏めてあり、その目で見るとそのような性格の人たちが集まって党を作って行ったのではないかと思ってしまうほどです。
 この本にインスパイアーされ、フランス革命の本を色々読んで見たいと思っています。


(10)フレンチ警部と毒蛇の謎  クロフツ  創元推理文庫

 アリバイ崩しのクロフツの最後の未訳長編、と言うことで期待して読みました。クロフツの作品は、「樽」のようにアリバイ崩しで有名です。
この話も、遺産を手に入れるために蛇の毒を使って、完全犯罪を狙った犯人事件を、おなじみフレンチ警部が解決すると言うものです。、小説によると、いくら完璧な犯罪でもどこかに見落としがあるのですが、この話でも犯人が重要な一点に手抜かりがあるのです。それを手がかりに事件は解決していきます。
詳しくは言えませんが、正直犯人の寂しさには同情してしまいます。


(11)ヨーロッパ各停列車で行くハイドンの旅  児井正臣  幻冬舎ルネッサンス新書

 交響曲の父と呼ばれる、フランツ・ヨゼフ・ハイドンは、晩年に2回イギリスを訪問しています。筆者はクラシック音楽が好き、旅行好きですので、会社の定年を機会にこのハイドンのウイーンからロンドンへの旅の足跡を辿ってみようとしました。
 ハイドンの時代ですから、移動手段は主に馬車でしょう。現代にまさか馬車で移動するわけには行きませんので、筆者は各駅停車の鉄道で、この旅行を再現しようと考えました。
この本はその旅行記として読んでもよいのですが、最近のヨーロッパの人たちの、環境問題を考慮に入れた鉄道の利用の仕方を紹介した本として読んでも面白いと思いました。エコを目的として、人々に鉄道を利用してもらうことは当然なのですが、それにどのようなメリットを付け、誘導するかが重要だと思います。この本には、そのヒントが多く紹介してあります。なぜ日本で出来ないのでしょうか。もっと自動車を制限すべきです。


番外編  スカーレット ピンパーネル 月組 宝塚大劇場

 ブロードウェイで大ヒットし、2年前に星組で初演したときも大ヒット、数々の賞を獲得した、「スカーレット ピンパーネル」の再演です。
 私はこの作品が大好きで、再演を心待ちにしていたのですが、なんと大好きな月組で、しかもこれまた大好きな霧矢大夢(きりや ひろむ)さんのトップ就任お披露目公演で、と言うことで大劇場に5回も足を運びました。
 舞台はフランス革命当時の、フランスとイギリスです。処刑されるフランス貴族を救助する、イギリス人貴族パーシー ブレイクニー(スカーレット ピンパーネル)と、ジャコバン党党首ロベスピエール、フランス公安委員のショーブランの対決、それにパーシーの妻で昔はショーブランの恋人だった、マルグリット サン ジュストが彩りを添え、単に活劇だけでなく、ラブロマンスも加わります。
 前回の星組の舞台が素晴しい物だったので、正直その記憶が所々で出てしまいます。しかし、今回のものはあの作品とは全く別のものだと考えて見るべきものだろう、と思いました。そう考えて見れば、新男女トップコンビの魅力を十分に出すことが出来た作品だったと思います。
 またその対極のヒール役のショーブラン、今回は若手成長株二人のダブルキャストでしたが、彼をどのように表現するかでこの舞台の印象は変わってきます。
印象ですが、星組の柚月礼音さん(これは好演でした)と同じ土俵で戦おうとしてがんばったのが龍真咲、生真面目でナイーブな革命の意識に燃えた青年が時代に流されたと言う新しい解釈で演じたのが明日海りお、と言う感じがします。このダブルキャストは面白かったのですが、龍真咲さんが2日目に喉を痛め、結果的に精彩を欠いたショーブランになってしまいました。次に見た2日後の舞台では声は少しは改善していましたが、本人にとっても、観客にとっても残念な出来事でした。
一方明日海りおさんは、公演初期と千秋楽前日に見たのですが、目に力がつき、公演を通してずいぶん成長したように思いました。
「スカーレット・ピンパーネル」、「エリザベート」、「ミー アンド マイガール」「カサブランカ」このような見応えのある一本ものを毎年一つはしてくれないかなと言うのが、私の希望です。
楽しい5月を過ごすことができました。

白 江 医 院 白江 淳郎

2010/05/01 2010年4月の読書ノート
(1)新しい霊長類学  京都大学霊長類研究所  ブルーバックス

 一応文庫本ですが、350ページ以上の大作です。京都大学霊長類研究所の精鋭の人たちが、いろいろな疑問に答えてくれています。
「なぜチンパンジーはナックルウォーキングでヒトは直立二足歩行なのか」といった進化と形態についての疑問や、「サルにもいじめはあるか」と言った社会的な疑問、「サルにもアルツハイマーはあるか」と言った生理と病気の問題など、100の設問があります。
私は高校生のころから、人間社会の出来かたに興味があり、霊長類研究所に憧れを持っていました。当時は伊谷純一郎さんの幸島のサルの研究が有名で、「サルの話」と言う本は何回も読んだものです。これをもとに文化人類学、生態学などに興味は広がり大学入試の志望学部で迷ったのですが、やはり最終的には(学力の問題もあり)医学部に落ち着いたという経過があります。そういう意味で、じっくりと噛み締めて読みました。
この本は単に霊長類学の今日を知るだけでなく、もう一度人間社会を見直すチャンスになるでしょう。一体人類はどういう部分で進化してきた、と言えるのだろうかと疑問になります。手許に置いておき、少しずつでも読み返して行きたい本です。


(2)風俗ライター、戦場へ行く  小野一光  講談社文庫

 エロ雑誌の編集バイトをしていた筆者は、失恋を機会に日本を脱出します。そこでたどり着いたのがタイでした。ここでカンボジアの内戦に興味を持った筆者は、密入国を企てますが、簡単に見つかってしまいます。
しかし彼はここでそれまで扱っていたエロ雑誌とは180度違う、戦場にハマってしまいます。それ以来湾岸戦争、内戦下や、タリバン支配下のアフガニスタン、多国籍軍進駐後の混乱したイラクなどへ行き、戦場を体験します。なぜそんな危険な所に筆者は行くのでしょうか。私たちが普段思っている、「人間は平等」と言った甘い観念にアンチテーゼを投げかけたいのではないでしょうか。そういう現実を経験することで、自分の置かれている日本と言う社会を見つめなおしているように思います。
戦場や、それを通してみた戦争の本質を知っている筆者の声を、国会議員として国政に携わっていると考えている人たちはどう考えるのか、興味あるところです。


(3)性的なことば  井上章一ら  講談社現代新書

 井上章一さんと国際日本文化研究センターの(私的と思われる)性欲研究班の人たちが、真剣に文献検索をし、多くの資料を参照した「性的な言葉」の解説書です。
 多くの性的な言葉の起源、その変遷を私たちが医学の論文を書くように、まじめな態度で紹介してあります。450ページ近くにもなる大作です。
 例えば「女性」と言う言葉を「じょせい」と読むか、「にょしょう」と読むかと言うことは、時代とともに変遷してきました。またその読み方の違いにより、その意味する内容もたんに女の人を呼ぶのか、性的対象と言うバイアスをかけているのか、時代とともに変わってきました。そのようなことを、詳しく調べてあります。読んでいて思わず笑ってしまうような所も多く、私のような初老のおっさんにはとても面白い本でした。
 ただ参考資料として、いくつかの写真が掲載されていたりするのですが、電車の中などでは、大きく開いて読む時にご注意のほどをお願いします。


(4)旅の終わりは個室寝台車  宮脇俊三  河出文庫

 宮脇俊三さんが昭和57年から59年にかけて、「小説新潮」に掲載したものを集めてあります。その当時は赤字路線の廃止や、いわゆるリストラが行われようとしている時期で、宮脇さんも危機意識を持って、乗車しておられます。
宮脇さんは、ただ列車に乗っているのがすき、と言う人なので、長距離の普通列車に乗ったり、中央構造線に沿って旅するために、JRや私鉄、バスを数分のインターバルで乗り継いだりして旅をしていきます。
当初その旅に何の感動も示さなかった出版社の宮脇さん担当社員も、この旅行に付き合って行くにつれ、時刻表を読み、それを使って旅行することの楽しみ、また鉄道を使ってする旅の楽しみを覚え、終わり近くにはいくつもの旅行プランを提案するようになります。これは、宮崎さんの人柄が影響していることもあるのでしょうが。
この本には、私たちがまだ学生時代に体験した、貧乏な列車を使った旅行の思い出が詰まっています。懐かしい気持ちで読みました。


(5)奈良 秘宝 秘仏の旅  朝日新聞奈良総局  朝日新書

 平城遷都1300年記念の今年、朝日新聞奈良総局の古寺社や文化財を担当するセクションの記者たちが、書いた本です。
奈良県を奈良市中心部、奈良市北部・郊外、奈良市東部・奈良市東部、西部、奈良県西部・中部、奈良市東部、奈良市西南無の7箇所に分け、その地では有名な寺社や仏像を紹介しています。
法隆寺や東大寺のように有名なお寺もあれば、初めてその名前を聞くお寺もあります。またよく車でその近くを通過していた、と言うお寺もあり、いちどはお参りしてみたいものだと感じました。
由緒ある寺院や仏像を詳しく紹介したものなので、読後感想と言うよりは、今度奈良へ行くときには、必携のものだと思いました。


(6)アパートホテルで巡る欧州  山内英子  中公新書

 アパートホテルと言われて、一体なんだと思われた方が多いと思います。文字通り、アパートとホテルが一体となったもので、機能的にはホテル、費用的にはアパートというものだそうです。正直これでも良くわかりません。もっとくだいて言うと、キッチンや生活に必要な、個人のアパートにあるような設備が整えられているホテル、ということでしょうか。
オセアニアに旅行をすれば、リゾート地に長期滞在者向けの、キッチンつきのホテルがありますが、そのようなものをイメージすればよいでしょう。わざわざレストランへ行かないでも、近くの食料品店で材料を買い、手作りして経費を稼ぐことも可能です。
筆者はそのようにして、ヨーロッパで取材をしながら長期間の滞在をしています。この本にはそのアパートホテルを探すノウハウや、実際の生活、筆者が勧めるヨーロッパでの長期滞在の仕方などが紹介されています。
セカンドライフにこのようなことが出来れば、素晴らしい事だと考えますが、実際してみようとすると、言葉の問題などがありやはり躊躇してしまいます。
しかし、いわゆるツアー旅行でなく、自分で予定を立てての「ヨーロッパ歴史見て歩き」これはしてみたいものです。


(7)脳のなかの匂い地図  森憲作  PHPサイエンスワールド新書

 30年以上前、私が大学3回生のときに医学部の講義が始まりました。脳生理学や解剖学の講義で、匂いを感じる嗅神経について勉強しましたが、この時には匂いを感じるメカニズムは、ある程度の推測はされていましたが、確固たるものはありませんでした。
この本で最新の研究成果を読んで、今更ながら医学の進歩に驚きました。勿論私たちの時代に推測されていたものと、大きな違いは無いのですが、それを目で見える形で、クリアカットに説明できるようになったことに感激します。
筆者は「この世界がどのようなものかを、人間はどのように知るのだろうか」と言うことに興味を持ち研究を続け、その成果を判りやすく順序立てて話してくれます。まず匂いを感じる嗅細胞とそのメカニズム、次にその情報を中継するシステム、それを総合的に調整する脳の機能、最後に感じた匂いによって反応する脳のメカニズム。
匂いの感じ方の知識を得ることは当然ですが、考え、研究の進め方の参考になる面白い本だと思いました。


(8)葬式は、要らない  島田裕己  幻冬社新書

 お葬式をすると、今日本では平均231万円が必要と言うことです。業者に支払うお金や、戒名代などの合計です。しかし外国ではイギリスが12万円、韓国が37万円、あのアメリカでさえ44万円と言う安さです。
一体どの時代からこのように豪華な、高額なものになってきたのか、それは単にバブルを引き金とする、金余りだけで説明できるものではなく、私たちの社会や、死生観の変化が根底にあります。
もともと仏教は学問の体系の一つで、そこには死者を葬ると言った考えはありませんでした。飛鳥時代や奈良時代に建立された寺院(法隆寺や薬師寺等)は墓地も無く、檀家もありません。またそれらのお寺の住職が亡くなると、それぞれの寺で葬儀が営まれることはないそうです。
その後密教が入ってくると、そこに浄土教信仰の下地が作られ、次第に死後には浄土に行くという思想になってきたそうです。その後様々な変遷はありますが、浄土に行く儀式としての葬式というシステムが完成して行ったようです。これらのことを判りやすく説明してあります。
この本にはその他、戒名を貰う事の理不尽さ、これから日本の葬式はどういう方向に行こうとしているのかなどを面白くまた、判りやすく説明してあります。なかなか面白い内容で、自分の死生観を見つめなおすことが必要だと思いました。
ちなみに私は、無葬式、散骨派です。


(9)「和」の食卓に似合うお酒  田崎真也  中公新書

あのソムリエの田崎さんが、和食の様々な素材に対して適切な食べ方を想定し、それに合うワインや日本酒を紹介しています。
料理とお酒のマリアージュ(結婚)、と言うことが述べられています。両者が力を合わせて、美味しい食事になるわけです。そのためには、調理方法や微妙な味を知っていなければなりませんし、お酒のことも知っていなければなりません。田崎さんがお酒のスペシャリストなのは当たり前ですが、料理についての造詣が深いことには驚きました。
和食に日本酒が合うことは良くわかりますが、ブルゴーニュなどの辛口白ワインなども良く合う様で、じっくりと味わってみたいものです。筆者のような人に横についてもらい、色々説明を受けながら料理を味わえば、とても楽しいでしょう。
この本では多くの和食について触れられていますが、どれも美味しそうで日本人に生まれてよかったと思いました。まただんだんと年齢を重ねてきたんだなと、実感しました。


番外編  「虞美人」花組 宝塚大劇場

 紀元前3世紀、秦の始皇帝の死後混乱に陥った中国を、統一しようとした項羽と劉邦を縦糸に、項羽の愛した女性、虞美人を横糸に織り込んだ物語です。この作品は1951年に初演されたものを、現代風に再構成したものです。
項羽と劉邦の物語は、多くの作家に取り上げられて来ました。今回はそれに虞美人を絡め、また多くの人物をバランスよく配置して、よくまとまった面白い構成の物語になっています。今回の舞台では、劉邦の軍師、張良を演じた未涼亜希さんが出色の出来でした。落ち着いた、冷徹で思慮深い軍師と、未涼さんのキャラクターがぴったりで、まさに適役でした。ここまで冷静、非情にならなければ天下統一などということは出来なかったのでしょう。
項羽として、あるいは劉邦として、どちらの人生を送るのが良いかと尋ねられたら一体どのように答えるだろうと、観劇中に考えました。人を裏切らない、正直に生きていく、ひとりのひとを愛し続けると言う立場なら項羽でしょう。また人に好かれて、大きな事業をしていきたいと言う人なら、劉邦と答えるでしょう。難しいかもしれないけれど、やはり私は項羽だと感じました。
これまで私が見た花組の作品は、どうも完成度が低いように感じられ、何かもう一つ足りない組と言うイメージがありました。しかし今回のこの作品で面目を取り戻したように思います。

白 江 医 院 白江 淳郎

2010/04/01 2010年3月の読書ノート
(1)スカーペッタ(上・下)  パトリシア コーンウェル  講談社文庫

 検屍官シリーズの最新作です。主人公の検屍官、スカーペッタは恋人殺しの疑いがかかる、先天性のハンディキャップを持った青年から指名を受け、この事件にかかわりを持ちます。
その矢先、インターネット上でゴシップの書き込みを大々的にされたりし、世間から好奇の目で見られたりします。一体職務に忠実な、誠実に生きるこの主人公に、どのような人が悪意を持っているのでしょう。
事件を縦糸に、ネット社会やゆがんだ人たちの感情を横糸に、この話は進んでいきます。昔の推理小説のように牧歌的なものは無く、ネット社会のスピードといったん軌道を外れたら修正が利かなくなる危うさ、これらが事件をますます混乱させていきます。
推理小説ですので、あらすじや結論は言えませんが、上下2巻800ページ以上ある本ですが面白く、一気に読んでしまいました。いつもながら筆者の力には感心します。


(2)定食学入門  今柊二  ちくま新書

 単品で食事を頼むのではなく、定食を取ると、ご飯、お汁もの、おかずとバリエーションのあるものがバランスよく食べることが出来ます。
学生時代や、学会で地方に何日か宿泊したときなどに、私もお世話になったものです。
筆者は愛媛県の出身で、大学で横浜に出てきて以来、多くの店でこの定食のお世話になってきました。その経験から、店の選び方、全国各地にあるご当地の変り種定食、食材の歴史などに薀蓄を傾けます。
私も学生時代、「ラーメン定食」、「焼肉定食」、「中華定食」など今から思えばカロリーたっぷりの、今ではとても食べる勇気の出てこないものを食べてきました。この中で一番の思い出に残るものは、高槻商店街、「多鶴屋」の「ダブルカツ」でしょう。大盛りのお碗に入ったご飯と、二枚のカツをだし汁を使って卵とじにしたものが、別のお皿で出されます。学生でも結構お腹がいっぱいになります。
医者になってからも、長い手術が終わり、患者さんの状態も安定してやっと一息、と言うときに何人かで食べに行ったものです。懐かしい味です。
この本を読んで急に思い出し、無性にまた食べたくなりました。


(3)筋を通せば道は開ける  齋藤孝  PHP新書

 フランクリンと言う名前を聞くと、雷とたこの話を思い出しますが、政治家、独立宣言起草者、といった業績も思い出されます。彼がこのようにさまざまな仕事を成功させることが出来たのは、どういう秘密、秘訣があったのでしょうか。
 筆者はそれを、フランクリンが持っていた「筋を通す」態度だと言います。筋を通すといっても、頑固に自分の考えに固執するといった態度ではなく、合理的にいきていくと言う態度でしょう。
 フランクリンは13個の徳の項目を考え、それが達成できなかった日にチェックすると言う手帳を作り、自分を磨いていきます。無理なく自分をチェックすることにより、自分を高めていくことが出来るのです。
 この本では一つの章が終わるごとに、フランクリンが考えた自分を高める方法がまとめられており、それが実生活で役立ちそうです。
 手許に置き、時々読み返して自省の教材にするのによい本です。


(4)お寺の経済学  中島隆信  ちくま文庫

 コンビニエンス ストアーは日本全国で約4万軒あるのに対し、お寺は7万6000もあります。お坊さんの数は30万人、信者の数は約90000万人もいるそうです。
各お寺は各々宗教法人ですので、これは日本の全法人数の約30分の1、全従業員数の200分の1、一応の信者さんの数は、全人口の4分の3に相当する数字です。
筆者は慶応大学の経済学部の教授で、経済学者の目を通してこれらの宗教を経済的に分析していきます。
宗教は本来現世の利益を求めるのではなく、死後の安らぎを求める物であった筈です。しかしそれが時の権力者と結びついたり、またそれに反論したりしているうちにだんだんと様相が変わってきました。近年のお寺さんと言うのは、宗教法人を各寺で運営していかなくてはならなくなったので、どうしてもお金の問題から逃れられなくなっています。現在のような檀家制度に頼りきった寺院の運営では、これから先立ち行かなくなるのは目に見えています。
筆者はこのような事実を指摘しながら、これからのお寺のあるべき姿を提案しています。お寺と言うと、墓参りと言う連想しか浮かばないのは、私たちにとっても不幸なことかも知れません。


(5)駅弁と歴史を楽しむ旅  金谷俊一郎  PHP新書

 筆者は予備校の有名講師で、全国を旅する時にいろいろと駅弁を食べてきたそうです。また予備校では歴史を教えており、その専門的知識と趣味の駅弁を関連付けて、面白く紹介してくれています。
奥の細道をたどりながら駅弁を紹介したり、源平合戦を通して各地の駅弁を紹介するといった、独特の切り口です。
以前に比べて、旅行をしても駅弁を楽しむことは少なくなってはきました。しかしデパートでよく開かれる『全国駅弁大会』などはいつも大盛況です。駅弁を食べることで、各地の特産物を味わい、時間がゆっくりと過ぎていった時代の旅行を懐かしんでいるのでしょう。


(6)レコーディング・ダイエット決定版  岡田斗司夫  文春文庫

 以前「いつまでもデブと思うなよ」と言う本で、レコーディング・ダイエットを紹介した筆者の最新の本です。内容は以前の本と大きくは変わりませんが、より詳しく読みやすくなっています。
いろいろとダイエットの方法はあるようですが、何か一つの食べ物を食べて、あるいは一つの運動をして、それでダイエットが出来るわけがありません。このレコーディング・ダイエットと言うのは、一番常識的、医学的な方法でしょう。筆者は、最盛期には117kgあったと言う事ですが、それは絶え間なくデブになる努力を続けた結果だと、考えます。そのように努力を続けた自分だから、食事を記録し続ける努力くらいは出来る、と考えます。
そして食べたものを詳細に記録し、そのカロリーを調べることで、自分が肥えてしまった原因を把握します。それが判れば後は簡単で、無駄な所を減らしていけばよいわけです。
学生時代や、医師になってからもラグビーを続けていた私は、65kgの体重を維持していました。ところが膝を怪我し、時に水がたまり、痛みが出るようになり、10kgの減量をしました。その方法が、カロリーを大まかに計算し、一日の摂取量を考えと言う、この本で紹介してある方法でした。その結果走るのも楽になり、筋トレも併用することで実に快調です。
以後多少の変化はあるにせよ、その体重を25年間維持しています。
医師として言うと、ダイエットにはこのレコーディング・ダイエットしかありません。ぜひご一読のほどを。

白 江 医 院 白江 淳郎

2010/03/01 2010年2月の読書ノート
(1)偉いぞ 立ち食いそば 東海林さだお 文春文庫
 「奥の細道」を駅弁で辿る旅や、近所の立ち食いそばやさんの全メニューに挑戦しようとする試みなど、なかなか面白いエッセイを収録してあります。東海林さんはやはり人気のある漫画家だけあって、視点が実にユニークで、私たちが何気なく見過ごすようなところにこだわり、深く面白く考えます。
 立ち食いそばで、どのタイミングで頭を上げ店を出て行くか、「ごちそうさん」と大きな声で言うべきかどうか、またそのタイミングは等、そう言えばちょっとひっかっかるよなぁと言う所に拘ってしまいます。そこが実に面白いし、読んでいて大笑いではなくにやっとしてしまいます。
 ちょっとした時間つぶしに最適な本です。

(2)日本辺境論 内田樹 新潮新書
 日本人論や日本を述べた本は沢山ありますが、否定的あるいは西洋の立場から述べられたものが殆どだったように思います。しかし内田さんは、日本という国がアジアの東の端で何千年も続いてきた、その理由を考えます。
 中華思想というものがあります。李氏朝鮮はその中華思想を受け入れて国を保ってきました。しかしその結果、制度的停滞のみならず文化的停滞をきたしました。日本はその儒教思想を受け入れ、それを第一のものと崇めつつも、従来持っている思想を並立させてきました。それが日本がそれなりに、ダイナミックに発展してきた原動力なのでしょう。
 わかりやすい例が、言葉です。漢字という中国のものを受け入れながら、それを従来の日本の言葉に転用して使用し、さらに平仮名を発展させました。
 日本人は、自分たちが大きな文化の辺境に位置していることを自覚しているので、それをうまく享受し、独自に発展させてきました。ただそのことを私たちが意識せずに、思考回路の中に持っているので、他国の人たちにとっては、私たちのメンタリティーはなかなか理解しがたいものがあるようです。
どこの国に行っても、憲法9条と軍隊(しかも自衛隊と称している)の関係など理解できないでしょうね。

(3)しがみつかない 『徒然草』のススメ 鈴村進 三笠書房

中学や高校で習った徒然草はそれなりに面白いものでしたが、文法がどうのこうの、などといわれると、とたんに興味を失ったものでした。また時には、教訓じみた臭いも感じました。しかし初老のおっさんとなった今、この本を読んでみると、結構飄々とした気軽なエッセイだな、と感じました。
徒然草からいろいろの文を引き出しながら、迷いや悩みが消えるものの見方、自分らしい生き方を見つける方法などなどを紹介してあります。一つの章が2〜3ページでまとめてあるので読みやすく、またどこからでも読み始めることが出来ます。手許に置いておき、いつも少しずつ読んでいたい本です。


(4)新・反グローバリズム 金子 勝 岩波現代文庫
市場原理主義、金融自由化、何年か前によく聞いた言葉です。この言葉とともに、小泉改革等と言う言葉も聞きました。郵政民営化なんていう言葉もありました。
市場の規律に任せておけば、すばらしい経済状態になる、それこそがこれからの日本の生きる道だ、上げ潮路線だ、このような言葉に踊らされて、結局は大企業の一人勝ちで、多くの人たちは貧困になり、資本家や、政治家に結びついた一部の人たちだけが甘い汁を吸っている。
筆者はこのようになるかもしれない小泉、竹中が主導する経済政策に警鐘を鳴らし続けてきました。またこのような日本が再び成り立っていくような、処方箋を紹介しています。民主党も、一度このレシピに沿った政治をしてみてはどうだろうと思いました。

(5)厚労省と新型インフルエンザ 木村盛世 講談社現代新書
昨年来の、新型インフルエンザに対する厚労省のなんとも頓珍漢な対応、これには心底腹が立っていました。私たちの立場から言えば、学術集団である日本医師会、大阪府医師会がなんら主体的な行動や、提言を行わず、現場を知らない厚労省、大阪府に引きずり回されてきたことに大きな憤りを感じています。
それが今回、大阪府医師会酒井執行部が倒された原因の一つでしょう。肝心なときに国民、府民の為に働かず、日本医師会の次期会長を決める陰の調整役になろうと暗躍していたのですから、あきれ返ります。
筆者はしかし原因はそれだけではない、と言います。厚労省の医系技官こそこの混乱の責任者のようです。医系技官と言うのは、現場の医師にならず厚労省に官僚として採用された人たちです。筆者によると彼らは現場を知らないだけでなく、公衆衛生の基礎も知らないようです。私の周りでは、技官になった人はいなかったので、筆者が言うように、技官になる人は劣等生かどうかはわかりません。普通みんな病んだ人を自分の手で助けたい、と思って医師を志すものですが、それとは違う志を持った人たちなのでしょう。
現在も新型インフルエンザ予防接種の混乱は続いています。いまだ大阪府医師会は有効な対策を府に対して提言していません。
次期伯井執行部の仕事ぶりに期待したいと思います。

(6)にほん語観察ノート 井上ひさし 中公文庫
以前読売新聞に掲載された、井上ひさしさんのエッセイを集めたものです。作家ですから、言葉に対する興味が強く、また憲法9条などに対する考えも共鳴できることが多く、好きで尊敬している人です。
井上さんは文章のリズムが、私にとって気持ちのよいもので、抵抗無く心に入ってきます。内容は新聞に掲載されたものなので、大きな分類でまとめられていますが、なかなか面白いものでした。読んで手許に持っておき、ちょっとしたときに読む値打ちのある、面白い本です。

(7)貧困大国アメリカ U 堤未果 岩波新書
現代アメリカで起こっている、公教育を受けたために起こる借金地獄、企業年金の崩壊、医療改革の問題、刑務所を民間企業が経営し囚人を安い労働力として搾取している問題、これらを幅広い人たちへのインタビューを通して、克明に紹介してあります。
読んでいて、これは決してアメリカ単独で起こっている問題ではなく、もうすぐ日本で起こる問題だと実感し、空恐ろしくなりました。
その一例が、セコムが山口県で経営する刑務所、これは小泉改革のある種の象徴としてニュースなどで紹介されたことは、皆さんご記憶のことと思います。私はこのニュースを見たとき、経営として本当に成り立つのか、疑問に思いました。しかしこの本を読んで、納得しました。  それは刑務所で仕事に就く囚人の人たちの人件費は、後進国のそれよりはるかに安いと言うことです。安いと言っても、刑務所内の他の仕事に比べればはるかに高給ですから、希望者も多く、一人がやめても(あるいは首を切っても)いくらでも簡単にリクルートできます。またいったんその仕事を手に入れれば、手放すのはいやですから、一言の文句も言わず、一生懸命に働きます。まさに企業にとって、美味しいことだらけです。
現代アメリカで犯罪を起こした人は、刑務所に入った後出所しても、なかなか職がありません。そこでまた犯罪に手を染めるようになり、また刑務所に帰ってきます。全く負のスパイラルで、どんどんと社会から脱落していきます。その人たちが最も安い労働力として、搾取されていきます。
正直言って、私たちはこのようなアメリカに追従していてよいのでしょうか。早く目覚めてください。

(8)正倉院ガラスは何を語るか 由水常雄 中公新書
毎年秋になると、私たち関西に住んでいる人間は、正倉院展が気になって仕方がありません。今年はどのようなものが展示されるのか、興味は尽きません。
その正倉院御物には、6点のガラス器があるそうです。白瑠璃碗、や紺瑠璃壺は有名で、皆さんも一度は目にされたことがあると思います。
正倉院御物と言うと、東大寺の大仏開眼のときに献納されたものを保存したもの、と言うイメージがありますが、ことガラス器においてはその認識が当てはまらないようです。 時代時代で、正倉院御物の点検が行われ、それが記録に残されているのですが、当初よりあったのは、白瑠璃碗だけだったようです。ほかの物は後に東大寺や、天皇家、その他の実力者より寄進されたもののようです。
この本はそれらの古代のガラス器を、ほぼ古代の技術を使って再現しながらその由来などを考察してあります。
面白いと思ったのは、現代の技術で作るより古代に使っていたと思われる工法で作ったほうが、美しいものが作れたことがあると言う話です。今年の秋も、このようなことを頭に残しながら、正倉院御物を見に行きたいものです。

番外編  「ソルフェリーノの夜明け」 雪組  宝塚大劇場
 今年は、アンリー ジュナンが国際赤十字の思想を表明して150周年になることから、このミュージカルが企画されました。
1859年サルディニアと言う国が、オーストリアからの独立を目指したことから、イタリア、オーストリア、フランスを巻き込んだ大きな戦争が始まってしまいます。その最後の激戦地となるのが、この話の舞台となるソルフェリーノです。両軍あわせって数万人の死傷者が出るその戦場に、スイス人のアンリー ジュナンがたまたま通りかかり、地獄絵を見てしまいます。
負傷した人に国境や、人種の違いは無いと考えているジュナンは、早速負傷者の救護を始めます。肉親を殺された、心の傷を持った多くの人たちも彼の思想に共鳴し、負傷兵を戦争のさなかに、より高次の医療を受けられる所へ移送することに同意します。
私たち医療を行っているものにとっては、患者さんを区分することなどあってはならなうことは当然のことですが、肉親を殺害されたりすれば、当然負の連鎖としてその考えにさまざまなバイアスがかかってくるのでしょう。
短い話でしたが、なかなかインパクトがありよい作品だと思いました。
今回雪組は、男役準トップの彩吹真央、娘役準トップの大月さゆ、副組長の未来優希の私のお気に入りの、また次期トップになって欲しかった人たちの退団公演になります。それらの人たちが力を出しきって、見事に演じてくれていました。とても感激し、また寂しい感じが強い公演でした。
見る値打ちのある公演だったと思います。

白 江 医 院 白江 淳郎

2010/02/01 2010年1月の読書ノート
(1)とっておきの銀座  嵐山光三郎  文春文庫
 嵐山光三郎さんが小さいころから慣れ親しんだ銀座を、散歩するようなスピードで紹介してくれています。どうも心斎橋筋とは雰囲気が違うようで、強いて言えば昔の京都の河原町通りか、四条通りでしょうか。
特徴的な店が多く、「一度行ってみたい」と感じる物ばかりです。今私が一番行きたいのは、「トラヤ帽子店」で、そこで自分にフィットした物を見つけたいと思います。一体大阪との雰囲気の違いはどこから出るのでしょう。高くとまっていると言ってしまう事も出来るでしょうが、何かちょっと違います。京都と共通するような、老舗の矜持といったものなのでしょう。
しかし嵐山さんのような歩き方をしていたら、お金が持たないように思います。やはり本で読んで、雰囲気を味わう方が良いでしょう。

(2)ウイスキーの科学  古賀邦正  講談社ブルーバックス
 お酒は嫌いではありませんが、強くは無く、すぐに眠くなってしまいます。この本に興味を持ったのは、ウイスキーと言うとスコットランドや、アイルランドのようにイギリスの所謂辺境の国で作られていて、それらの土地になぜか親しみを感じることからでした。
 ウイスキーを造るには、原酒を作る時間と、その約100倍もかかる樽で寝かす時間が必要です。まず原酒を作る時に、発芽した大麦を乾燥する事が必要で、これにはスコットランドではあの有名なピートを使います。これが特有の味が付け加わる第一段階です。その後蒸留等の工程を経て、オークで出来た樽に寝かす、十年以上の期間があります。
 筆者はこの醸造、熟成を長年にわたって研究してこられました。これによりその工程でおこっている変化が、科学的に証明されつつあります。しかし筆者も述べているように、これまでの知見も樽の中で起こっている様々な変化のごく一部を捉えたものでしかないでしょう。医師という、科学者の端くれに居る者がこの様な事を言うのはいけないことだと思いますが、やはり最後は神様が手を下しておられるのかもしれません。
 普段私はワインかビール、或いは清酒を飲んでいます。しかしこの本を読めばやはりウイスキーを飲んでみたくなります。水割りなどは嫌いで、ストレートでしか飲みませんが、久しぶりに飲んだらやはり酔っ払ってしまいました。でもやはり美味しいと思ったのは、この本での知識が味付けになっていたからでしょうか。

(3)ハプスブルグ三都物語  河野純一  中公新書

 中世から近世にかけて、ヨーロッパで栄華を極めたハプスブルグ家。私にとっては、宝塚歌劇団が大切にしている作品の「エリザベート」の舞台になり、親しみを感じる王家です。
 地図を見ると、ウイーンからドイツへ行くとき、間にチェコスロバキアがあります。又オーストリアのすぐ横にはマジジャール人の国、ハンガリーがあります。私が世界地理などを学んでいた学生のころ、東西冷戦の時代で東欧圏とヨーロッパは非常に遠い国でした。それがオーストリアと隣接して存在するというのは、何か違和感を感じていました。
 しかしハプスブルグ家というフィルターを通してみれば、よく理解でき、判り易い物になります。それを詳しく紹介したのがこの本です。写真が豊富で説明もわかりやすく、ハプスブルグ家が君臨していたウイーン、プラハ、ブダペストという私もよく名を知っている、しかし本当のところはあまり知らない都市を歴史や芸術、音楽を通して説明してくれています。
 現在京都国立博物館で、ハプスブルグ家の所有していた芸術品などが公開されています。興味のある方は、この本を読みながら博物館を訪ねられては如何でしょうか。


(4)怒りの方法  辛淑玉  岩波新書
 私はこの筆者のことは良く知らないのですが、テレビ番組などでコメンテーターとして活躍されている方のようです。題名の面白さで購入しましたが、内容も非常に面白いものでした。
 怒るという行為は、自分に対するプライドがあり、それを貶められる時に生じることが多いと考えられます。そのときどの様にその気持ちを表現するか、又それをより効果的に表現するにはどうすればよいかを具体的に、興味深く紹介してあります。
 筆者は、石原慎太郎の下劣な、又低俗な差別発言に心底怒り、それに対する抗議の行動を様々な形で行っています。「反対」と単に叫ぶだけでなく継続し、多くの人たちに共感を持ってもらえるような行動です。これからの私達の意見の表現方法に、良い参考になると思われます。
 この本を読んで感じたのは、現在の医師会、特に大阪府医師会の行政に対する姿勢の根源は、医師という職業に対するプライドの無さから来ているという事です。卑しくも医師という職業を選び患者さんの為に尽くすと誓った者が、行政の言いなりになり、会員からの意見も無視し権力のあるものに阿っている、こんな事が許されるのでしょうか。医師としての誇りや義務感は、どこに行ってしまったのでしょうか。実に情けなく思います。会員に対して申し訳なく思わないのでしょうか。酒井氏をはじめ現執行部の方々が自己批判し、下野される事を望みます。

(5)「論語」でまともな親になる  長山靖生  光文社新書
 まともでない親である私は、この本の題を見て早速購入しました。論語は私達が高校生のころ、漢文の授業で避けては通れない題材でした。漢字の知識の乏しい私にとって鬱陶しい物で、説教されているようで面白いとは感じませんでした。しかしこの歳になり、この本を通して論語に触れてみると、孔子さんもなかなかいいことを言っておられるなと、感じました。
 現代の私達の生活に関係していると思われる事が、次々と出てきます。やはり人間の生活や人となりは、いくら時代が進んでも変わらないようです。毎日の生活に役立つ、教訓となるものが沢山あり、いつも手元に置いておきたい本の一つになりました。

(6)民主主義が一度も無かった国 日本  宮台真司、福山哲郎  幻冬社新書
 民主党の参議院議員で、外務副大臣の福山氏と評論家の宮台氏の対話集です。これを読むと、私達がこれまで過ごしてきた民主主義といわれていた時代が、いかに歪んだ又間違った物であったかという事がわかります。それに気付かず、小泉やそれ以下の首相を選んできた私達国民の情けなさと、それをミスリードしてきたマスコミの責任を感じてしまいます。
日本には本来の意味での民主主義は無かったのです。あったのは、地元や支援者に利益を配分するシステムだけでした。先の選挙で民主党が圧勝して、日本の政治にある意味風穴が開いた気持ちがしました。歴代の自民党やあの首相達が作り出した閉塞感、それが打破されたのです。 
そういう意味で、これから民主党に頑張ってもらわなければなりませんし、しばらくは見守り育てていかなくてはならないでしょう。又自民党政権時代のように、代議員に陳情してお金を取ってくるだけで終わるような、世の中にしてはいけません。政治に様々な意見を持って参加し、それによって政治を変える、その様な形の政治参加をしなければならないでしょう。それが民主主義というものです。代議士とパイプを持っており、私の言う事なら聞いてもらえる等ということは、民主主義を発展させる意味であってはならないことだと思います。
 この本は、民主党がこれからどの様に政治を運営していきたいかが良くわかる物です。是非ご一読を。

(7)見た目の若さは、腸年齢で決まる  辧野義巳  PHPサイエンスワールド新書
 表題を読めば、内容の軽い本のように思われるかもしれませんが、腸内細菌の最新の知見などが紹介され、結構面白く読めました。筆者は腸内細菌を専門に研究している方で、苗字まで「べんの」さんといいます。
冗談はさておき、最近の腸内細菌の研究で、大腸がん、アレルギー、肥満などと腸内細菌叢との関係が示唆されています。考えればおなかの中で、1.5kgの重さを占めている細菌たちが、私達に何らかの影響を及ぼすに違いありません。又逆に考えれば、その細菌たちをうまく使えば、また上手く成長させれば、私達が健康に生活できる事になります。
私達が一番簡単に健康状態をチェックできるのは、毎日排便があるか、その便の様子はどうかということでしょう。その方法も詳しく、判りやすく紹介してあります。この本は手軽に読めなかなか面白い物でした。

(8)世論の曲解  菅原琢  光文社新書
 去年の衆議院選挙で自民党は大敗しました。そうなるまでには、いろいろな間違いが重なったはずですが、いったいなぜそのようなことが起こったのかを検証してあります。
それ以前から自民党はもう駄目なこと位みんなが分っていました。それにも拘らず、なぜ安部、福田、とどのつまりが麻生という、最悪の選択を繰り返したのか。それが問題です。
皆さんは、麻生が首相候補になり、自民党総裁になり、首相になってしまった時、ホンマかいなと思われたのではないかと思います。私は驚いた以上に、腹が立ちましたが。
しかし自民党の先生方が麻生先生を選ばれた基準が、若者に人気がある、ネット社会で人気があるといった、どこにその根拠があるか分らないことだったのです。それらや小泉以来の選挙の開票などの結果が分析し手あり、如何に最悪の選択を自民党が繰り返してきたかがよく分ります。
なんとも頼りなく情けない民主党ですが、この本を読めば、4年先の自民党の逆転は絶対無いように思います。

(9)戦争を記憶する  藤原帰一  講談社現代新書
戦争の記憶は、当然のことながら個人によって異なります。兵士の戦場での記憶、いわゆる銃後の女性や子供の記憶。しかしこれらに、政治や民族、宗教といったバイアスがかけられた場合、その表現方法は大きく異なってきます。
原爆により無辜の市民を大量に虐殺したあの悲劇、それがアメリカの市民や特に軍人にとっては、戦争終結を早めた立派な行為だととらえられ、賞賛する人も少なくありません。また近年ではコソボの住民大量虐殺を防ぐために、ドイツを含むNATO軍がベオグラードを空爆したことが思い出されます。いくらホロコーストを防ぐためとはいえ、武力を使っていいのか、あるいは正義のためなら武器を含む力の行使は容認されるのか、これは難しい問題です。
それらを土台に、戦争をどのようにとらえていくか、またどのような姿勢でそれを伝承していくのかを考えさせられた本でした。
筆者は有名な東京大学の教授です。私の考えと波長が合うところもあって、一方的に期待している政治学者ですが、一つだけ驚いたことは、私より若いということです。違いといっても3〜4歳ですがやはり賢い人は賢いんだなと、感じ入ったしだいです。

番外編  ハプスブルグの宝剣  星組  宝塚大劇場
 藤本ひとみさんの「ハプスブルグの宝剣」を舞台化したものです。私はこの原作を読み出したのですが、どうも文章のリズムについていけず、2〜3ページで断念したと言うつらい思い出があります。そうそう、昨年の夏ころのことでした。そのリベンジの意味もあって、観劇に出かけました。
 舞台は18世紀後半、ハンブルグのユダヤ人居住区で育った主人公は、ユダヤ人ということを隠してハプスブルグ家に使え、マリア テレジアやその夫フランツ シュテファンに重用され段々とと出世していきます。しかしその出自が明らかになり、その地位や力を失いますが、本来の自分が目指していたものを再確認し、よみがえっていきます。とまあ言ってしまえばこのような物語なのですが、ベースに流れる主題が主題だけに、どうもしんどく感じてしまいました。
「かつてこんな馬鹿な考えで人と人がいがみ合っていた、今の世の中では想像もつかないけれど。」と言うのだったらいいのですが、私たちの周囲にも程度の差はあれ、このようなことが残っている以上、何かひっかっかってしまいます。私は舞台や劇の難しいことはよく分りませんが、2時間30分気持ちよい夢を見るために宝塚に通っている私は、かえって重たいテーマを与えられたような気がしました。

白 江 医 院 白江 淳郎

2010/01/01 2009年12月の読書ノート
(1)西南シルクロードは密林に消える   高野秀行   講談社文庫
 シルクロードというと中国の西安から、ゴビ砂漠やステップ地帯を通って、ヨーロッパにいたる道が有名です。私もそれしかイメージが浮かんできませんでしたが、筆者は中国南部の四川省からビルマを経てインドにいたる西南シルクロードを踏破しようと、充分な準備も無く、酒の勢いで出発します。しかし実際現地に行ってみると、そこは中国やビルマ、又そこにいる様々な民族の独立運動が渦巻いていました。筆者はそれに巻き込まれながら、その人たちの手を借りて旅をし、目的をどうにか達成します。
 シルクロードといっても、きちんとした道があり、その上を人々が歩いて旅をしているものではありません。人と人の交流の上で出来てしまった、概念の上での道です。隣の家、隣の村、隣の国の続きが道を作っていきます。古代のその様にしてできた道を筆者は歩き、又時には象に乗り、人々の好意や様々な思惑に乗せられて旅をしました。文庫本ですが500頁以上の非常に分厚い本ですが、面白く読めました。冒険に憧れる人にお薦めです。

(2)脳に悪い7つの習慣   林成之   幻冬舎新書
 脳神経細胞が持つ本能は、「生きたい」、「知りたい」、「仲間になりたい」という三つだと筆者は紹介します。脳の機能を最大限活かすためには、この本能を磨き活かす事だと筆者は述べています。そのためには、興味がないと物事を避けたり、「嫌だ」、「疲れた」と愚痴を言ったり、やりたくないのに無理に勉強をしたり、といった7つの脳に悪い習慣をやめるようにすれば良いようです。そうは言ってもこれ等はなかなか難しい物で、築かないうちにしてしまっている事が多々あります。時々はこの本を読み直し、反省していく事にしましょう。
 この本を読んでいて、ふと心に響いたのは「だいたいできた」と安心してはいけない、という所でした。その時点で脳の活動が鈍ってしまい、脳のモチベーションが落ちてしまうのだそうです。その事を実感したのは、大学受験のときでした。後悔先に立たずとはまさにこの事でした。

(3)リーダーは半歩前を歩け   姜尚中   集英社新書

 姜尚中さんが、元韓国大統領の金大中氏をヒントにして、彼の考えているリーダー論を展開しています。リーダーというものは、それに従う人たち(フォロアー)の半歩前を歩んでいる必要があるそうです。何歩も前なら、誰もついてきてくれないし、半歩後ろならフォロアーに埋没してリードすることが出来なくなります。
 自分が理想と思う方向に、半歩前なら人たちと手を取り合っていけるでしょうし、順調にそれが歩み出したら、半歩ひいてみんなとともに歩いていけばよいのです。
 この本を読みながら、私も筆者と同じように小泉信一郎とは何者だったのかと、知らず知らず考えてしまいました。色々と勝手気ままに喋り、私達の生活や社会の規範を壊してしまいました。日本医師会も彼に尻尾を振った連中や、又その連中ににじり寄ったやからにある意味破壊されてしまい、植松先生がおっしゃっていた、「国民の為の医療」の理想はどこかへ行ってしまい、執行部の存続を図る為だけの組織に成り果てました。
 筆者の小泉批判、分析はとても鋭く、納得できる物です。しかし今でも、小泉待望論が出る事があるのは、なんと言う事だと思ってしまいます。


(4)関係する女 所有する男   斎藤環   講談社現代新書
 女性と男性の行動、考え方の違いは何かと考えた時、脳の器質的な違いを中心に考える立場があります。脳の左右をつなぐ脳梁の太さがどうだとか、セロトニン量がどうだとか言った論理です。
 しかし、これだけで話の結論をつけるのはいかにも乱暴な事ですし、様々なデータはこれ等のことを支持していません。やはり成長や、意識を形成していく過程での色々なプロセスがこれに関与しているのでしょう。それについて、筆者は最近良く使われている、「ジェンダー」という言葉を使って説明していきます。
 又男性に多い「ひきこもり」、女性に多い「過食症」や「拒食症」、「リストカット」を例にとり社会との関係の違いを考察しています。短い文章で紹介するのは大変ですが、「所有原理」と「関係原理」という人間が持つ2つの欲望形式、これは現在よく言われている「ジェンダー」とはまったく別のものと考え、ジェンダーについてもう一度考える事が必要と思いました。
 書いている間に自分でも分からなくなってきたけれど、とにかくご一読下さい。
 「(思い出を)男はフォルダ保存、女は上書き保存」と、あるアーティストが言ったそうですが、この本の本質をなかなか突いているなと思いました。

(5)パイプのけむり   團伊玖磨   小学館文庫
 アサヒグラフに40年近く掲載されていた名物コラムの、旅に関するものを集めた本です。世界的に有名な作曲家ですから、仕事で世界を旅行されるのは当然ですが、色々と興味のある場所へ出掛けて行かれます。独特の文体で面白く読め、思い出せば高等学校の図書室で良くアサヒグラフを読んだ物です。
 一期一会という言葉がありますが、旅はまさにその言葉を体験する物でしょう。一生で二度と会うことのない場所や景色を体験するわけで、私も旅行に行けば全ての景色を頭に刻み付けておこうと、一生懸命になります。そしてその何気ない景色が、何時までも頭から離れないようになる事があります。医師としての仕事、医師会の仕事、支払基金主任審査委員の仕事、その他もろもろの用事や責任、それらの物がなくなったとき、一度旅をしてみたい物だと思っています。團さんのように格調高い旅は出来ないでしょうが、私の夢です。

(6)なぜ飼い犬に手をかまれるのか   日高敏隆   PHPサイエンスワールド新書
 先日お亡くなりになった動物行動学者の、エッセイ集です。この本は大きく分けて二つの部分に分かれます。前半は、中日新聞に掲載された動物や虫達のことを中心に書いた物、後半は今日と新聞に書かれた、人間の話題を中心にしたものです。
 動物の話題が面白かったのは当然ですが、より興味があったのは筆者の意見が主体になっている後半部分でした。地球の環境問題を述べたところで、雨の多い日本が、その水を有効に使うことをせず、水の少ないアメリカや、中国、オーストラリアから農作物を輸入していることを指摘されています。別の言い方をすれば、水の少ないところから水を大量に輸入していることになります。これも地球の環境問題を考える上で、大事なポイントだという事なのですが、全くこれは考えもしない事でした。
 目先のことや、結果だけを追求するのではなく、大きな視点で物事を見ることこそ学問でしょう。そういう意味で、研究を続ける事は必要だと、先日の事業仕分けを見、この本を読んで痛感しました。

(7)60歳からの青春18きっぷ   芦原伸   新潮新書
 「青春18きっぷ」というのは、昭和57年に売り出された「青春18のびのびきっぷ」が本になっています。しかしこの切符の購入は、何も青年に限定された物ではありません。年齢制限は一切無く私のような初老のおっさんでも購入でき、使用できます。
 費用は5日間で11500円となっています。独りで5日間使うもよし、5人で1日使うもよしということになっています。1日2300円以上使うような区間に乗れば、元を取った事になるので、有効にこの切符を使って旅行をしようというモデルコースを沢山紹介してあります。
 ただし、特急券や指定席などを使った旅行は、この「青春18きっぷ」ではできませんので、快速電車や、普通列車を使うといったのんびりした、別の言い方をすれば贅沢に時間を使った旅行になります。しかしそのほうが、その地方の雰囲気を充分に味わえるかもしれません。
 関西では、大阪発1泊2日の瀬戸内名城めぐり、3泊4日の四国遍路道、どん行巡礼、など多数が紹介され、旅心を掻き立てられました。

番外編  NHKテレビ「坂の上の雲」
 散々書いてきましたが、私は司馬遼太郎さんの大ファンで、このブログを書き出す前までは、一年に1回は、「坂の上の雲」、「世に棲む日々」、「花神」、「峠」、2年に1回は「街道をゆく」全巻を読んでいました。読むたびに新鮮で、新たな発見があり(それは私が年を取っていき、色々と経験をしていった為でしょうが)ひいては自分を反省する事が出来たからです。
 今回NHKで「坂の上の雲」が映像化され、放送されていますが私は一度も見ていません。というより、主義として見ない事にしています。
司馬遼太郎さんが、この作品の映画化を拒否し続けられた事は有名な事実です。それは司馬さんがこの作品が、間違えばナショナリズムの高揚に使われることを、恐れられたからではないかと思います。単純に観れば、正義の日本が無理を押し通す悪いロシアに立ち向かい、それを見事にやぶり?めでたし、めでたし、という物語だと捉えられるからです。
 しかし私が考えるこの物語の主題は、日清、日露戦争を背景にして青年の持つ苦悩や、社会と才能のかかわりの大変さ、悲しみ、克服する努力、それらに帰着する物であるように思います。
 この作品の映像化が検討された時期は、小泉、安倍といった肥大した単純な国家主義を唱える政治家が大手を振って歩き、一番憲法を守る義務がある首相が、憲法の変更を唱え、多くの国民が愚かにもそれを賛美していた時代でありました。又映像化に許可を与えた、司馬遼太郎氏の夫人である福田みどり氏は、もと産経新聞の記者であったことも忘れてはならないと思います。
この放送が、自民党政権下ではなく、色々と問題はあるにせよ民主党政権下の時代に放映された事は、せめてもの救いです。
「坂の上の雲」はテレビなどで観ず、原作を読み、どうぞ心で感じてください。

番外編 その2  今年面白かった本、歌劇
 今年も色々と本を読んできましたが、最後の2月はインフルエンザなどで忙しく、スピードが失速してしまいました。
今年度は108冊読みました。物語というのが少なく、偏っていて申し訳ありません。しかし何人かの方にこのブログを読んでいると声をかけていただき、感謝しております。
 そこで、どの本も面白かったのですが、私の印象に特に残っている本を紹介します。
「生物と無生物のあいだ」       福岡伸一         講談社現代新書
「ガンジーの危険な平和憲法案」  C ダグラス スミス    集英社新書
「今日より良い明日はない」      玉村豊男         集英社新書
「対米交渉のすごい国」        櫻田大造         光文社新書
 それなりの年齢になってきて、これから残りの人生やこれまでの人生を考え始めたこと、日本という国のこれからの姿を考えたことそれらがもとになって、これ等の本が印象に残ったのだと思います。
 さて宝塚では、「月組」は特に思い入れが強いのでこれは別格として、印象に残ったベストは「宙組」の11月に観た「カサブランカ」です。あの有名な映画のミュージカル版ですが、舞台自体が良かっただけでなく、リックという主人公の生き方が男としてかっこよく(軽い言葉ですみません)、引き込まれました。男としての人情、矜持、外人であっても根っこは同じ物だと思いました。
再演があればお薦めです。

白 江 医 院 白江 淳郎


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