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藤井寺市医師会所属の医師たちが医療関係は勿論、多種雑多な話題について語ります。
2012/01/05 2011年12月の読書ノート
(1)脱原子力社会へ  長谷川公一  岩波新書

 福島の事故で大きな社会問題になっている原子力発電ですが、元はと言えば核の軍事技術を、発熱に転用したに過ぎません。それに対し巨額の投資をし、安全性にも目を瞑り、あたかも素晴らしいもののように私たちは刷り込まれてきました。
 しかしこの事故が発生して、普通に理性的に判断できる人ならば誰でも、もう原発はいらないと考えるはずです。しかし廃止する過程をどのようにするかと言うことが問題です。この本は原発を廃止してきた諸外国の例を紹介し、私達がどのように取り組んでいくべきかを紹介してあります。
 面白いと思ったのは、原発を廃止していくことに決定した、あるいは廃止している国は、地方分権が確立している国に多いと言うことです。逆に原発を未だに持ち続けるように決定している国は、日本、フランス、中国、韓国と言った大都市に多くの人口が集まる、中央集権国家が多いようです。そのような国は、今回の福島などでも明らかなように、人口の少ない(過疎の)地方に原発を作り、そこからの電力で大都会が生活をするという、図式が出来ているようです。地域間格差といえば、綺麗ごとのように聞こえますが、沖縄の米軍基地問題にも見られるような、田舎に対する蔑視の意識も見られます。人間としての責任感の問題でもあるでしょう。
 私達に簡単に出来ることは、「節電も発電」という意識でしょう。この夏にも節電に努めた人たちは多かったと思いますが、これは何も電力会社の脅しに私達が屈したのではなく、市民としての健全な意識の現われだったと思います。無駄なネオンサインや、自動販売機、深夜もしているコンビニなどを止めることで、もっと節電できるはずです。
 この本には、実現可能な脱原発のレシピが多く紹介されています。財務省や経済産業省電力会社の操り人形の野田政権は早く退陣し、少しでも理性的な判断が出来る人達が、真っ当な意見を発して欲しいと思います。


(2)電力と国家  佐高 信  集英社新書

 発電や送電の事業を、民営にするのか国家の統制にするのか、戦前の官僚と軍部が手を結んだ時代に大きな争いがありました。その時代を経験した実業界の「電力の鬼」と言われた松永安左ェ門、原発に反対し続けた木川田一隆などは電力会社の社会的責任を自覚し、経済人として国家とは一線を引く立場を保ち続けていました。
 ところが今回の原発事故や、九州電力のやらせ問題を見ていると、官僚と一体化し企業の社会的責任を忘れている、あるいは日本人としての「恥」の精神を忘れているとしか思えない、経営者の目白押しです。
 常に怒っている佐高さんは、彼らに対しても容赦はありません。そもそもこのような事故を起こした会社は、倒産するのが本当でしょう。しかし、民主党政権は私達の税金を使って、東京電力の延命処置を施そうとしていますし、原発推進の片棒を担いでいる御用学者やビートたけしのような芸人は、マスコミにいまだに大きな顔をして登場しています。電力会社がマスコミの大スポンサーだからです。政治家と国民の意識が、このように大きく乖離していることは、1960年安保以来ではないかなと思ってしまいます。しかもその上民主党政権は、私達の税金から多額のODAをつけて、ベトナムに原発を輸出しようとしています。
 まともな判断が出来る人たちは居ないのでしょうか。


(3)パタゴニアを行く 野村哲也 中公新書

 世界で一番美しい自然を求めて世界を歩いてきた筆者が見つけた場所、それはパタゴニアでした。パタゴニアと言うと、南米の一番端で一年中強風が吹いている荒れ果てた所、と言うイメージがあります。椎名誠さんの本にもパタゴニアを旅したものがありましたが、それを読んでもこのイメージは変わりませんでした。
 ところがこの本を読むと、実に綺麗な手付かずの自然が残り、そこには純粋な人達が住んでいることがわかります。またパイネ・グランデという山が紹介されていますが、このように感動的な形を持った山は、おそらく世界中を探してもなかなか無いでしょう。
 筆者はインディオの末裔と言われている人を訪ねていますが、昔からの純粋なインディオは実に数が少なくなっているようです。私達モンゴロイドの先祖はグレイト・ジャーニーを続けた後、最後にこの土地にたどり着いたのでしょう。この本の最後の所に、わずか二人になってしまった、パタゴニア最南端に住むモンゴロイドの純血の方との出会いの報告があります。実に感動的です。


(4)江戸の本屋さん  今田洋三  平凡社ライブラリー

 本屋さんといっても、出版業者も本屋さんですし、販売する人も本屋さんです。江戸時代に本屋さんは始まったのですが、この頃は出版と販売は同じ店が行っていました。
 江戸時代の初め頃に京都で起こった出版業者は、お寺などの仏教関係のものを出版していました。時代が下るにつれ、井原西鶴や近松門左衛門らがいる大阪の出版社が力を持ち出し、各出版元が著名な人たちに企画を持ち込んで、本を作るようになりました。
 その当時東京は、上方から持ち込まれてくる本の大消費地でした。そのため、関西の本屋さんが支店を出すようになりました。しかしそのうちに、東京の人たちのニーズに合わせた本を作る、東京をフランチャイズにする本屋が登場し、関西勢を凌駕していきます。彼らは、政治から滑稽本まで実に様々な種類の本を、大量に出版しました。多くの人たちに本が読まれた背景には、文化が興隆し庶民の知識欲が多方面にわたって来た事、識字率が非常に高かったことなどがあります。
 しかしこのような江戸の本屋さんも、明治時代になりより大量、広範囲の出版が必要になるにつれ、新興勢力に押されて一つ、また一つと消えていきます。
 本好きの私には、興味深い内容でした。
 この本で、大阪の南河内の家で発見された古文書が紹介されていました。近郷の俳句仲間が紹介されたものなのですが、藤井寺市大井の人も紹介されていましたので、私のご先祖ではないかとうれしくなりました。


(5)今夜もひとり居酒屋  池内 紀  中公新書

 居酒屋と聞くと、ひとりで店に入ってちびちびとお酒を飲んで、肴はちょっとした小鉢物やお造り、と言ったイメージがあります。なじみのお店が、2〜3軒あり、一月に一回くらいは訪れると言う感じもします。
 また繁華街ではなく、そこからちょっと入った路地にあると、もっと完璧でしょう。ふらっと入った店が実にいい雰囲気で、料理も美味しく、お酒も美味しく、お店の人とも心が通いなじみの店になる、そんなことになれば言うことなしです。でも実際は難しい・・・。
 池内 紀さんという筆者の名前は、どこかで聞いたことがあると思っていましたが、筆者の紹介を見ると、あのドイツ文学者の池内さんでした。この人にこんな側面があったとは。
 居酒屋には、食べる愉しみ、呑む歓び、他のお客さんと交流する愉しみ、等があります。筆者はそれを詳しく紹介してくれています。そのような事を頭に入れながら、一度居酒屋さんに行ってみたいものです。


(6)地球の中心で何が起こっているのか  巽 好幸  幻冬舎新書

 地球の核は6000℃の熱がありますが、地表は15℃です。その間にこのような大きな温度差があり、この温度差を調節するように、地球はダイナミックな運動をその内部で行っています。その現われが火山であり、地震です。しかし物事は複雑で、そこにマグマ学と言う分野が登場してきます。
 小学校の頃、千島火山帯、富士火山帯、などを覚えました。中学や高校になって、安山岩、玄武岩などが教科書に出ていました。またウェゲナーの大陸移動説、(こんな夢のようなことを唱えている人がいる、という扱いでした)マグマ、などという言葉を覚えました。最近ではプレート、トラフなどという言葉をよく耳にします。
 しかしこれらの事柄が、頭の中でどうも一つにまとまらず、もどかしさを感じていました。筆者は地球の成り立ちを説明しながら、地震や火山発生のメカニズム、地球内部の様子などを教えてくれます。
 「サブダクション ファクトリー」と言う工場の概念を用いて、地球内部の様子、またそのメカニズムを、最後の方で説明してくれていますが、ここでやっと内容が理解できた様な気がします。地球のメカニズムは面白いと感じましたし、それを究明していく科学の力に感激しました。
 筆者の巽好幸さんと私は、大阪学芸大学附属天王寺小学校から、大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎まで、当時の国鉄関西本線、柏原駅から一緒に通っていました。私は2年上になります。小学校時代の2年差というのは大きなもので、私は兄貴風を吹かして、偉そうにしていました。しかし中学、高校になるとその差は無くなり、今は京大、東大教授を経て世界的なマグマ学者と、田舎の町医者と言う決定的な差になってしまいました。ただ彼がこの本に書いてあるような、「石好き」であったとは知りませんでした。
 巽君の、これからのますますの発展を祈るばかりです。面白い本を有難うございました。


(7)徳川将軍家十五代のカルテ  篠田達明  新潮新書

 徳川将軍家の各将軍の死因を、文献等を基にして考察した本です。その当時の御殿医の文章などは残っていないので、多くの資料を参考にするしかありません。筆者はそれを推理していきます。
 その当時の庶民は、衛生状態も悪く、感染症による死亡が多かったように思いますが、歴代将軍はあまり感染症で死亡した人は無く、がんであったり、脚気であったり、脳卒中などがその死因になるようです。結核を思わせるような人も無いようです。
 将軍と言っても、積極的に政治を行った人は少なく、臣下が行う政治にOKを出す飾り物のような存在でした。周囲の目もあり、ストレスにさらされる毎日でもあったでしょう。そのための免疫力低下も加わったと考えられます。それにしても15代も続いたと言うことは、よほど巧妙な支配体制だったのだと、感心してしまいます。


(8)パスタでたどるイタリア史  池上俊一  岩波ジュニア新書

 フランス料理よりもイタリア料理のほうが好き、と言う日本人は多いのではないでしょうか。イタリア料理といえば、やはりスパゲッティーです。
しかしスパゲティーと言っても色々な種類があり、麺だけでなく色々な詰め物をしたものがあったり、形も様々です。一体このようなものがどうして生まれてきたのか、また様々な料理法が、どのような変遷をたどってきたのかを紹介してあります。
 イタリアはもともと統一された国家ではなく、都市を中心にした連合体のようなものでした。また皆さんもご存知のように、長靴のように南北に長い国ですので、気候や産物に大きな違いがあります。それ故各々の都市、あるいはその周辺地域を中心とした独自の食文化が形成されたということです。また大航海時代には海外との交易も盛んでしたので、トマトや唐辛子と言った珍しいものも持ち込まれ、レシピに加えられていきました。
その後イタリアが統一されるようになると、パスタ類の調理方法ももっとグローバルになり、そのレシピ本のおかげで、イタリア語も統一されるという思いもしない副産物が生まれました。
イタリアではパスタは主婦が家庭で作る伝統があったため、「母の味」と考えられていました。しかしそれは宗教者やブルジョアの考える、あるいは理想とする、家庭像を作るために、言い習わされて来た物でもあるようです。社会に女性が進出できるようになりつつある現在、家庭で食べるパスタがどのように変わっていくか、スローライフの浸透とどう折り合っていくのか、興味あるところです。


番外編  オーシャンズ11 星組 宝塚大劇場

 以前のアメリカ映画をミュージカル化したものです。映画のことは知りませんが、なかなかテンポよく話が進み、聞かせるところや、笑わせるところが随所にあり、面白い作品でした。
話は、詐欺の罪で囚役していた主人公が釈放される所から始まります。彼は妻から離婚を申し立てられているのですが、その妻の新しい恋人、ラスベガスのホテル王の金庫からお金を盗むことで、妻の愛情を取り戻そうとします。そのために昔知っていた友人達10人に声をかけ、彼らの特技を生かした作戦を練ります。最初の動機は妻の愛情を取り戻すことだったのですが、作戦を進めているうちにそのホテル王がとんでもない悪人であることが明らかになってきます。話はここで単なる泥棒の話から、勧善懲悪の路線に変わってきます。最後は二人の愛情も戻り、めでたしめでたしと言うことになるのですが、生徒さん一人ひとりが生き生きとして、とても楽しく観劇できました。
あれだけ悪人のホテル王が、なぜ簡単に大金を盗まれるのか、恋人で居ながらホテル王が悪人と気づかなかったのか、と「遠山の金さん」や「水戸黄門」を見たあとのような、疑問は残りますが、それも吹き飛ばしてくれる作品です。
この公演で、専科の未沙のえるさんが卒業されます。以前にも書きましたが、なんとも暖かい、ユーモアのある舞台で、癒されていました。このように思っているのは私だけではなく、最後のパレードの時の未沙さんへの拍手は、これまで聞いたうちで一番暖かい感じがしました。未沙さん、本当に有難うございました。


番外編 その2  今年面白かった本、歌劇
2011年の読書ベスト3

@「おじさん」的思考        内田樹
A働かないアリに意義がある     長谷川英祐
B昭和二十年夏、僕は兵士だった   梯 久美子

 当たり前のことを、当たり前に発言できない国家になってきている日本に、これらの本があることを有難く思います。

 今年は115冊を読みました。東北大震災、それによる原発問題など、怒りでアドレナリンを多量に分泌していましたので、その方面の本がかなりの量を占めました。
良識ある政治を期待できなくなり、ポピュリズム、ファシズムが大きな顔をして登場する時代になってきました。来年は、私は一体何に対して怒っているのでしょうか。

私が選ぶ今年度の歌劇ベスト3

(1)ノバ ボサノバ、めぐり会いは再び 星組

 これは文句なしに良かった。宝塚観劇が初めて、と言う方は「ノバ ボサノバ」は「びっくりして何が何かわからないうちに終わってしまった」と思われるかもしれませんが、迫力、熱気がダイレクトに伝わり、何度も見るうちに引き込まれてしまいました。
ミュージカルの「めぐり会いは再び」は、この熱気をさらっと冷やしてくれる、小粋な作品でした。

(2)オーシャンズ11 星組

 話が進んでいくにつれ、場面転換も歯切れがよく、これでもかと色々ある仕掛けが実に面白い作品でした。

(3)おかしな二人 専科 星組

 歌やダンスなし、セリフだけでこのように愉快な舞台が出来るのは、専科の轟さん、未沙さんと、星組若手の実力派の生徒さんの力だと感心しました。

 今年はどの組も(一つの作品を除き)十分に楽しめましたが、そのなかで特に印象に残ったものを上げました。しかし一言で言って、星組の一年でした。

 最後に、私のお気に入りの月組のレビュー、どれも素敵でした。霧矢大夢、蒼乃夕妃さんのトップコンビが、次回の作品で見られなくなるのは、本当に残念です。この二人は、何時までも見続けたいと思っていた方たちでした。次回の作品を、しっかりと瞼に焼き付けておきたいと思います。

白 江 医 院 白江 淳郎

2011/12/05 2011年11月の読書ノート
(1)ウィキリークス以後の日本  上杉隆  光文社新書   

 世界主要国の内部文書を公表した、ウィキリークス。日本のメディアは「暴露サイト」と報じ、創設者のジュリアン・アサーンジに関しては誰が考えてもでっち上げ、あるいは国策捜査と思われる一連の動きで、「犯罪者」と多くの人たちに「刷り込み」が行われています。
ジャーナリズムで大切なことは、権力が一般国民に隠している権力にとって不都合なこと(それらの多くは国民に対して不誠実なことが多いようですが)を調べ、報道し、公平な判断が出来る材料を提供することではないでしょうか。
マスコミの当然の義務として、ウィキリークスで報じられた内容が事実かどうかを精査し、それを報道すべきです。残念ながら、ウィキリークスで報道されたことはすべてが真実ですので、悪意を持って日本の報道機関が「暴露」と言うくらいしか、自分達のアイデンティティーを保つことは出来ないのでしょう。
以前にも書きましたが、原発事故にも見られたように、日本のマスコミは「報道」というよりは政府発表の「広報」機関です。以前の沖縄密約をすっぱ抜いたような使命感もなく、唯々諾々と政府発表を広報しています。そこの風穴を開けたのが、ウィキリークスです。日本に関するものは今の所、多くは出ていませんが、そのうちに出てくるでしょう。
何を政府や大手のマスコミが私達に隠し続けてきたか、検証することに興味があります。またそれらの運動に最近流行の、ツイッターやフェイスブックが大きな役割を果たしそうです。


(2)居酒屋の世界史  下田 淳  講談社現代新書

 「吉田類の酒場放浪記」と言う番組がBS-TBSであります。私は出来るだけ見ているただ一つの番組です。人と人のふれあいがあり、なかなか面白い番組なのですが、私自身そのような場所へは行ったことが無く、また一人ではいる勇気もありません。
この本はそのような、酒場でくだを巻く話ではなく、世界の居酒屋の発達史を、社会学的に考察してあります。
お酒を造ることは、昔は教会や領主の下で行われてきました。また彼らは造ったお酒を、無償で来客にふるまったようです。そのような社会から、酒場が発達できるようになるには、貨幣経済の発達が必要です。つまり造ったお酒を売り買いできることが、酒場が存在できる必須条件だからです。
そういう意味で、都市で酒場は成立しましたが、農産物を交換し、日本で言えばお米が貨幣の代わりになっているような農村地帯では、発達しようがありませんでした。またその頃の都会の居酒屋は、単にお酒を売るだけでなく、情報の発信基地であったり、宿泊機能も兼ね備えていたり、演芸を見せたりと、様々な機能を持ち合わせていました。あろう事か、医師のまねをする芸人が居て、できものを取る手術をしたり、歯を抜いたりしたそうです。(なんと恐ろしい。「お前もそのようなものだ」と、言わないで下さいね。)
居酒屋の持っていたそれらの機能は、だんだんとあるものはレストランに、あるものはホテルに、また劇場にと独立して行き、居酒屋はお酒を飲む場所に特化していきました。それらの先鞭をつけていったのが、ヨーロッパの国々です。
この本は「農村への貨幣経済の発達」、「棲み分け」というキーワードで、居酒屋に焦点を当てて、ヨーロッパ文明を論じています。なかなか面白い発想だと思いました。


(3)愛と欲望のフランス王列伝  八幡和郎  集英社新書

 フランス史の面白さを理解する為に、歴史的人物を紹介する方法もありますが、この本は歴代の王様と、彼らのエピソードを色々と紹介してあります。一つ一つはそれぞれ面白いのですが、何しろ登場人物が多いので、注意して読まねば訳がわからなくなります。
それにしてもなんとも人間性豊かなと言うか、味のある(言い換えれば主人にしたら困るだろうな、というような)国王が多いことか。
以前書いたかもしれませんが、大学入試で私は、英語と国語、世界史、生物で点を稼いで、数学と物理のマイナスをどうにか補っていました。世界史は得意だったはずなのですが、40年以上経てば断片しか覚えていませんでした。大ピピン、中ピピン、小ピピン、居た居た、「カノッサの屈辱」う~ん覚えたな、と言う感じでしたが読みすすめていくうちに、ちょっとは思い出してきているような気持ちになってきました。
フランス革命でブルボン王朝は壊滅したように思っていたのですが、血を引く子孫の方はまだ生きて居られ、スペインやその他の婚姻関係を保っている王家のように、王政復古を期待している勢力が、フランスにはまだあることに驚きました。


(4)オバマも救えないアメリカ  林壮一  新潮新書

 オバマが大統領になって、一体アメリカはどのように変わっていくのかと期待していました。しかし、市場原理主義がTPPと、名前とちょっと形を変えて出てきたり、アフガニスタンやアルカイダに対する姿勢などは、ブッシュの時代と変わらず、演説の上手いカラードの弁護士が、口先だけで大統領になっただけのような気がします。
実際のアメリカの人たちは、オバマ大統領になってどのように感じているのか、その本音を主に底辺の人たちから聞き出しています。
読み進んでいって、やはりアメリカのような階層社会の国では、社会的地位の低い人たちは、なかなか這い上がることは困難なことがわかりました。しかしこれは明日の日本だとも思いました。子供に実力をつけるといって、子供達の階層化を計り、差別化を行う大阪維新の会が行おうとしている教育改革なるものが実行されれば、子供の頃からアメリカのような、階層化が起こりそれが社会にだんだんと広がっていくでしょう。結局はわれわれ親の世代が、もっとしっかりしなければならないと言うことでしょう。


(5)減税論  河村たかし  幻冬舎新書

 名古屋市長の河村さんの本です。国会議員当時は、民主党の中でもちょっと浮いた感じがしていましたが、市長となってからは主義主張を実践しておられ、首長としてはユニークな存在です。
国債を発行している大元の財務省が、その片方では国家の財政危機を盛んに喧伝している。何か変な感じがしていました。そんなことを言うのなら、支出のところでまずは調節すべきではないか、誰でもそう考えますよね。しかし支出の所へはあまりメスを入れず、増税でどうにか乗り切ろう、そう考えているようですよ、彼らは。「そうは言われてもこちらもしんどいしなあ」と言うのが実際の所ですよね。
この本はそこらあたりの問題をクリアーに整理して、これからの日本の採るべき政策を示唆しています。つまりこのデフレ下でこそ減税が必要だと言うことです。なるほどな、と納得することが、多々ありました。このような経済状態の下で増税を行えば、ますます消費は落ち込み、国家の税収は減ります。判りきったことなのに、賢い財務省のお役人方は、どのように考えているのでしょうか。
一度河村さんに総理大臣になってもらったら?


(6)甘い物は脳に悪い  笠井奈津子  幻冬舎新書

 日ごろの食生活が私達の体調に影響を及ぼすことは、容易に考えられます。もともとお米と豆類を主に食べてきた私達ですから、急に西洋人と同じ食事をして、体調を維持できるはずなどありません。昔からDNAが大きく変わるはずは無いからです。
この本はどのような食事を取れば、集中力が高まり、仕事がはかどり、疲れが少なくなるか、といったことを紹介してあります。やはり結論は、私達日本人が昔から食べていた食事に戻ることだと思います。
ビタミンやサプリメントを摂るというような容易な方法より、食事から自然の恵みをいただく、それが一番重要でしょう。また自分の身体に注意して、体の欲するものを食べていくことが必要でしょう。


(7)世界の宗教がざっくりわかる  島田裕己  新潮新書

 世界には多くの宗教があり、その成立や相互関係は正直言ってあまり知りませんでした。またそれらの教義など、一部メジャーな宗教のそれを、聞きかじっただけです。私の家は浄土真宗ということですが、私が仏壇に手を合わせるのはお正月や、何か大事な時期にご先祖様に話しかけるときだけです。これで自分のことを仏教徒などと言えるのかと思います。単なる先祖崇拝というだけではないでしょうか。
しかし、宗教については判らないことだらけです。ユダヤ教を源流とするキリスト教や、イスラム教にしても、イスラム教は一神教としての姿を残していることは理解できますが、キリスト教はイエスは神の子供で、と言うことは神様が居るわけですし、またそのイエスを生んだマリア様まも神のように崇められています。と言うことは、キリスト教では神あるいは神とみなされる人は一体何人居るのかわかりません。 しかしまあその辺のことは、この本を読み終わればなんだか、もわっと判ったような気になります。
仏教の興ったインドでなぜ釈迦の教えの仏教が廃れ、ヒンズー教が栄えているのか、中国での仏教発展はどのようだったのか、またその民俗学的な背景にはどのようなものがあるか、など結構面白く取り上げられています。
「ざっくりわかる」と言う名の文庫本ですが、読んだ私の頭の中はまだ混乱しています。私は哲学者や、宗教学者にはなれそうにありません。


番外篇  アリスの恋人  月組  宝塚バウホール

 月組若手の期待の星、私の大のお気に入りの明日海りおさんの、単独初主演の作品です。
生意気な子供だった私は、「不思議の国のアリス」は子供向きの本だと思い、読んだ事はありませんでした。子供が出来、寝かしつける時に絵本を読んで聞かせていたのですが、この時にはじめてこの物語を読んだ気がします。ただ私も睡魔と闘いながら読んでいたもので、「オズの魔法使い」とこんがらがっていました。今回この作品を見て、やっとどうにかこの話を理解することが出来ました。
ただもとの話が話なので、とても可愛く作ってあります。また主演の明日海りおさんが美人ですから、女の子が見れば「カワイイ」と感激する事、請け合いです。
話は、地下の不思議な夢の国ファンタスマゴリアに居るストーリーテラーのルイス・キャロル、そこに紛れ込んでしまった児童書の編集者のアリス、その二人がジョーカーやチェシャ猫、ヤマネたちの助けを借りて、現実の世界に戻っていくと言うものです。
確か絵本でも「赤の女王」が居て、何かがあれば「首をはねておしまい」と言っていた記憶があるのですが、この作品でもそのような女王が登場します。なぜこんな事ばかりおを言うのか不思議でしたが、これも納得できました。
アリス役の愛希れいかさんは、娘役に代わって2作目です。もう少し頑張れ、と言うか2作目にしては頑張っていると言うか、難しいところです。私にしてもまだ見慣れていないので、不思議な感じでした。


白 江 医 院 白江 淳郎

2011/11/02 2011年10月の読書ノート
(1)原発を終わらせる  石橋克彦  岩波新書   

 政治家とお役人以外の誰が考えても、原発は即時廃止するしか選択肢はありません。この本にはそのノウハウが詰まっています。この通りに政治を進めれば、少なくともこれ以上の原発による被害は防げる、あるいは、廃炉に至るまでの数十年の間に何かが起こっても被害を少なく出来るでしょう。
 なぜこのようなことが出来ないのでしょう。またマスコミはそのように世論を形成していかないのでしょう。不思議と言うより、怒りを感じます。甲状腺機能に異常を認めた福島県の子供が10人見つかったと言う報道がありましたが、これの母集団は百数十人です。10人と聞けば少なく感じますが、1割の子供に異常が出現しているのです。こんなことは許されるのでしょうか。御国はわれわれ民草をどうしようと言うのでしょうか。
 怒りをもって、この本を皆さんにお勧めします。


(2)江戸の名所  田澤拓也  小学館101新書

 ちょっと肩がこり、アドレナリンが迸る話題を取り扱っている本が続いたので、ちょっと一休み。
 江戸時代末期、井伊直弼が桜田門外で殺害されたその3ヵ月後、紀州藩の下級武士酒井伴四郎が、叔父の口利きで中屋敷に勤務し始めます。そこでの仕事は衣文方といい、藩主が公式の場に出るときの、衣装の準備、着服を担当するもので、しかも叔父の助手と言った役割ですので、結構気楽なものです。
 勤務時間も短く、下級武士なので手許は不如意ながら、自由な時間は多く、彼は江戸の名所を訪ね歩きます。またそこで色々と飲み食いをし、それを克明に記録しています。
 現存している、他の藩のその頃の江戸勤番の武士の日記では、結構多忙に仕事や政治の事柄をこなしているようですが、この人はちょっと違ったようです。そのおかげで幕末の頃の、江戸の名所の様子、人々の好んだ、今で言うエンターテイメントが判ります。
 気楽に読めました。東京を良く知っている人の、薀蓄本として最適です。


(3)音聖 筒美京平  田中忠徳  東洋出版

 カラオケ好きな筆者がよく歌う歌は、筒美京平さんが作曲したものが多いようです。そこから筆者の筒美京平探索が始まります。
 私の若い頃に知っていた歌が沢山紹介され、その歌を通して青春時代が思い起こされます。まさに私の「昭和史」ですが、ある時期を境に知らない歌が殆どになります。その頃に私の青春時代が終わり、私にとっての「昭和」が終わったのでしょうか。
 仔細に見ると昭和50年代前半頃から、この本で紹介されてはいますが知らないという歌が多くなってきます。医学部高学年になり実習に終われ、医師になってからは研修医で目の前の仕事をこなすことに精一杯で、と言う時期です。青春が終わり、人生が両肩にのしかかってきた時期なんだな・・・。(笑)
 作曲家筒美京平と言う人を意識したことは無かったのですが、この本でこの人の多くの作品を知り、彼の仕事の充実した内容や、あの頃の自分が、またあの時代が懐かしく思い出されました。


(4)世界史をつくった海賊  竹田いさみ  ちくま新書

 キャプテン ドレーク。スペインの無敵艦隊を破り、世界一周の航海をした英雄。このようなイメージで捉えられることの多い人ですが、実は彼は海賊でした。しかも、エリザベス一世が、ある意味公認し、出資していたシンジケートの代表者でした。
 エリザベス一世は、あらゆる手段を使ってイギリスを強大な国にしたいと考えていました。「略奪で富み、貿易で栄えた」この時代のイングランドを支えた大きな存在が、彼ら海賊でした、彼らはスパイス、コーヒー、紅茶、砂糖、奴隷などいろいろのものを貿易で扱ったり、海上で出会ったスペインやポルトガルの商戦を拿捕し、その船が積んでいる商品を各地で売りさばきました。
 彼らの船団には、エリザベスが所有する「royal」な海軍船も参加し、海賊行為が国策事業になっていきました。このようなイギリスの活動が、当時海洋国家、海外貿易で多くの富を得ていた、スペインやポルトガルと衝突することは、目に見えています。しかしそこは老練なイギリス外交で、表面は両国と友好関係を結びつつ海賊に出資し、力を蓄え、最後は無敵艦隊を壊滅させます。
 表面では決して認識されないが、実際はイギリスの近代に大きな役割を果たした、海賊のことや、現在まで続く彼らに関するお店や商業形態なども紹介され、読んでいて楽しい本でした。


(5)公安は誰をマークしてるか  大島真生  新潮新書

 公安警察の仕事を一言で言えば、日本と言う「国家」の「体制」を脅かす組織の取締りです。それだけを聞けば、納得できるような気がしますが、出自は戦前の特高警察ですから、、その使命にバイアスがかかってしまいます。ましてやそれを産経新聞の記者が紹介するのですから、なおさら注意して読むことが必要でしょう。
 警視庁公安部公安総務課と言う部署は、今でも共産党を対象に取り締まっているそうです。それで以前あった、公務員が休日に共産党支持のビラを郵便受けに入れただけで逮捕される、などということが起こるわけです。そんなことをする暇があれば、北朝鮮工作員や、オカルト教団、アルカイーダ等を監視し摘発するほうが、私達の生活の安寧の礎になるでしょう。
 結局はお役所仕事で、自分達の既得権益を守るために、誰が考えてもそれほど重要と思えないことを、し続けていると言うことです。
 しかしその他の事柄では、必要な部門もあるようなので、その分野で頑張ってもらいましょう。


(6)中東民衆革命の真実  田原牧  集英社新書

 中東の専門家である筆者は、エジプトで民衆革命など起こるはずが無いと考えていました。その実態を見るため、急遽エジプトを訪れた筆者のレポートです。
 磐石と思われていたムバラク政権が、イスラム主義や共産主義といったものではなく、単に「不正や腐敗を許さない。」と言う、英雄や指導者のいない青年層や一般大衆によって、退陣に追い込まれました。このような状況に十分に対応できていない、アメリカや周辺諸国は手をこまねいているばかりで、あれよあれよと言う間に革命は進行してしまいました。
 この原動力になった人たちの本質は、ムバラク退陣後に、占拠していた公園を皆で掃除したと言うような所に見出されそうです。つまり普通の感性を持った人達が、自分達の真っ当な意見をITを使って表現し、連帯しだしたということです。
 今アメリカを始め世界各国で起こっている、反グローバリズムの運動もその延長かもしれません。所謂独裁者の国は、これらの動きを抑えようと躍起となるでしょうが、ウィキリークスをはじめとする様々なメディアは、それを許さないでしょう。
 アルカイーダはもはやその存在価値を失っている、と言う筆者の指摘は重いものがあると感じました。


(7)世界の独裁者  六辻彰二  幻冬舎新書

 独裁者と言えば、現代で言えば金正日、カダフィ、チャベスといった人たちを思い浮かべますが、まだまだ甘い甘い。
 世界には、とんでもない独裁者が多数居り、ある意味、巧妙なまた露骨な政治手段を用いてその国を支配しています。この本で紹介されているのは、アフリカや旧ソ連の国々が多いようです。その独裁者達は、民族対立や資源を上手く利用して、憲法を自分に都合のよいように変更し、一族支配を万全な物にしていきます。資源の輸入と言う観点から、西洋諸国は表立って大きな声で、彼ら資源の輸出国の独裁反対はいえない立場になってしまっています。
 この本は「現代最凶の20人」をその生い立ちや、受けた教育などからも紹介してあります。何より面白いのは、全員写真で紹介されていることです。皆悪そうに思える顔つきです。
 しかしこの本には、「都構想」などという実態のはっきりしないものをぶち上げ、訳の判らない政党もどきの物を作り、(プーチンのように)府を実効支配しようとしている、人のことは、当然ながら触れられていません。教育に手を突っ込み、大衆に耳障りのよい言葉や、敵を作ることで自分を際立たせるペテン師のことは、当然とは言え紹介されていません。悪しからず。


(8)「坂の上の雲」100人の名言  東谷暁  文春新書

 今年に入って、100冊目の本が「100人の名言」です。
「坂の上の雲」は私の一番のお気に入りの本で、このブログを始めるまでは、一年に1回読むことにしていました。読むたびに感想や見るところが違い、それだけでも面白い本です。
 この本はその登場人物を特徴づけるセリフを紹介し、その人物像を述べてあります。これまで「坂の上の雲」を読んでいて、印象に残った言葉が多々紹介してあり、面白く読めました。セリフによってその人物を現すと言うことは、ひとえに司馬良太郎さんの力量ですが、それ一つをとっても司馬さんの偉大さがわかります。
 アト ランダムに本を開き、そこを読むだけでも大変に楽しい本です。司馬遼太郎さんファンにお勧めです。


番外篇  クラシコ イタリアーノ  宙組  宝塚大劇場

 宙組トップの、大空祐飛さんの引退作品になるのでは、と言う噂のあった新作で、そういう目で見ればよく出来た作品でした。
 第二次世界大戦で孤児になってしまった主人公は、仕立て屋の主人に引き取られ、腕を上げ立派な職人になります。しかし彼はナポリ仕立てのスーツを世界に広めようと、ビジネスの社会に打って出ます。そこで当然のことながら、職人気質の主人や、また伝統を重んじる仕事仲間と葛藤、争いが起こります。
 成功した主人公は、イタリアのスーツをアメリカに広げようと考え、アメリカの会社と交渉しますが、経済効率を第一に考える人たちと、イタリアの職人気質とは一致するはずがありません。そこでまた色々と諍いがあり・・・と言う筋で、最後に彼は自分のアイデンティティーを見つけ出し、よかったよかった、というところで話は終わります。
 これまでの男役トップの人たちの引退作品のパターンをなぞった、しかしワンパターンにならず、いい作品だったと思います。
 本当の引退作品では、祐飛さんはどのように私達を泣かせてくれるのでしょうか。
 しかし、やっぱり祐飛さんは、お披露目公演の「カサブランカ」のリックが最高でした。


白 江 医 院 白江 淳郎

2011/10/04 2011年9月の読書ノート
(1)イギリス英語のひそかな愉しみ  大村じゅん  わにブックス   

 イギリス英語は、その伝統と環境に密接に結びつき、アメリカ英語と異なる独特の世界を作っています。発音にしても、独特の響きがありますし、慣用句も独特のものがあり大いに興味を引きます。
筆者はロンドンに20年以上住み、イギリス英語の世界にどっぷりと浸っています。そこから私達が興味を持ちそうな事柄を拾い集め、紹介してくれます。私が最も知りたいのは、イギリス人の持っている(と言われている)ユーモアがどこから生まれ、それをどのように会話の中に取り入れているのだろうということです。
この本はそのユーモアについて、詳しくは紹介していませんが、文章自体がほのぼのとした、それこそユーモアにあふれたものが多く、これがイギリス人の持っているユーモアのセンスの一端かと感じました。


(2)恋するフェルメール  有吉玉青  講談社文庫

 フェルメールの絵は近年日本でも有名になり、私のような門外漢でも「真珠の耳飾りの少女」や「デルフトの眺望」等の絵は知っています。彼の作品で現存するものは37点で、オランダをはじめ、アメリカ、イギリス、ドイツなど世界各地の美術館が所蔵しています。2000年4月に天王寺の大阪市立美術館で、5点の作品が展示されましたが、これは画期的なことだったようです。
恥ずかしながら、「デルフトの眺望」はそれ以前に写真で見たことがあり、それでフェルメールと言う名前は、知っているような知らないようなと言う存在でした。しかし知り合いの美術を専攻しておられる方に、この展覧会は画期的なものだと教えて頂き、初めてその名前を意識したと言う状態でした。
フェルメールの絵は、その光の扱い方、日常生活のちょっとした断面を切り取る場面設定など、独特の風格があります。しかし37点すべてを見ると、その作風は画一的なものではなく、変化や脱皮への挑戦などが見て取れるようです。
筆者はそのフェルメールに魅せられ、37点すべてを鑑賞するために世界各地へ旅をします。そこにはフェルメールの絵画との出会いだけでなく、人との出会い、心の移り変わりなどがあり、読んでいて気持ちのいいエッセイになっています。
小さいながらも37点の絵がカラーで紹介されており、各々の絵を見比べる楽しみもあります。
筆者も言っていますが、芸術は語るものではなく、感じるものなのかもしれません。実際その絵の前に立ち、何かを実感したいものです。


(3)フェルメールの食卓  林綾野  講談社

 「フェルメールからのラブレター展」と言うのが先日京都市美術館であり、そこで見つけた面白そうな本を、娘が買ってきてくれました。この本はフェルメールの時代、17世紀のオランダの生活を、多くのイラストや写真を用いて紹介してあります。
フェルメールの時代の日常品、食事のレシピ、ファッションなど等。彼の絵に出てくるいろいろなものが紹介してあり、なかなか興味深いものでした。
またフェルメールの作品も、すべてではありませんがより大きく、見やすく紹介されています。


(4)遺伝子が解く 美人の身体 竹内久美子 文春文庫

 おなじみ、竹内さんが週刊文春に掲載している「ドコバラ」を文庫本に編集しなおしたものです。
人間にしても、動物にしても、また意識するしないに関らず、生きている目標の内で大きなものは、自分の遺伝子をより優秀な形で後の世代に残すことです。そのために、他の者が見たら実に奇妙な行動や生活を行うことがあります。このような生態学への入門編として、この筆者の本は実に大きな役割を果たしているように思います。
ただ「遺伝子の戦争」と言う一元論だけでいろいろなことは説明できないでしょうが、そのような切り口から物事を説明することは、非常に面白いと考えます。


(5)人生が深まるクラシック音楽入門  伊東乾  幻冬舎新書

 理屈や難しいことはわかりませんが、クラシック音楽は好きです。ベートーベン、ブラームスの交響曲や協奏曲、ショパンのピアノ作品などはよく聞きます。
しかしこの本を読むまで、イタリア バロックと、ドイツ バロックの違いまたその時代背景などは全く知りませんでした。もともと宗教音楽として発展してきたこれらの音楽は、教会で演奏されることが殆どだったようです。ドイツのようにロマネスク様式で石造りで建てられることが多かった教会と、イタリアのように大きな空間にガラスの窓や高い天井で音が大きく広がる教会での音楽に違いが出来てくることは当然でしょう。
それらを基にして、色々な音楽が発展しました。この本ではそれらの歴史や、楽器の歴史、レコーディングの歴史などを紹介し、学校で音楽の時間に無理やり頭の中に詰め込んだ知識に色付けをしてくれます。勉強して覚えこまねばならないと感じていたクラシック音楽が、身近なものに思えてくること、請け合いです。


(6)報道災害 原発編  上杉隆 烏賀陽弘道  幻冬舎新書

 3.11の原発事故以来、私のようなものでも判る報道規制、情報操作が行われています。それを伝えるマスコミも、第二次大戦の大本営発表を伝えていたように、自分達で精査することなく、政府や東電の発表をそのまま流し続けています。以前より大新聞やテレビ等の原発報道に対しては、多くの国民の感性とは大きく乖離しているように思っていましたが、最近は目に余る感じがします。
対談形式で話は進みますが、上杉さんは記者クラブに反対し、フリーランスのジャーナリストなどによる、自由報道協会の立ち上げに尽力した人ですし、烏賀陽(うがや、と読みます。)さんは朝日新聞を早期退社し、執筆活動を行っている人です。お二人とも報道の現場に長年居られ、現在の報道のあり方に警鐘を鳴らしています。
正直、皆さんも最近の新聞を読んで、信頼できると感じますか。ここに書かれているように、最近のニュースは「報道」と言うより「広報」と言う気がします。首相や大臣の、所謂囲み会見のときの、質問する記者がなぜあんなに若いのか、誰が考えてもおかしいと思う矛盾点を、より深く質問しないのか。こんなもの、やらせではないのか。皆さん、そう思いませんか。
私は一応新聞はとってはいますが、最近信頼しているのは、フリーランスのジャーナリストの発信するものが、殆どです。
それともう一つ、鉢呂大臣が「死の町」と言ったことで責任を取らされ、辞任しましたが、私はその理由がよく判りません。マスコミは鬼の首を取ったように書き立てましたが、実際「死の町」ではないのですか。「死の町にした、これまでの誤った原子力行政を反省します。」といえばどうなっていたのでしょうか。これはどうも鉢呂大臣が、反原発、反TPPの立場であったことと関係がありそうです。
実際IAEAによると、チェルノブイリと同じ規模、程度の核汚染が広がっているのです。しかも東半分は海ですから、海洋汚染を世界中にばら撒いてもいるのです。被爆の危険を考えれば、何十年も人が住めるわけがありません。食物の汚染も風評被害だと言いますが、チェルノブイリの時には、イタリアのスパゲッティーも危険だと言われ、輸入が控えられたではありませんか。マスコミは政府の発表を広報して、少しでも安全と言う幻想を撒き散らしているようです。皆さんどうぞご注意を。


(7)官僚の責任  古賀茂明  PHP新書

 最近話題の、古賀さんの本です。優秀な官僚がなぜ社会一般の人達が持つ判断基準を持たず、国民の期待を裏切るようなことを、ほぼ確信犯的に行っていくのか、その辺のことが詳しく書いてあります。
このような官僚を許している、または頼りにし騙されても気づかない政治家、またそのような政治家を選んだ国民。ある意味で無責任体制が、戦後長期間にわたる自民党政権で作り上げられてしまっていたのでしょう。
民主党は経験不足なのはよく判っているのですから、書生の論理ですべてのことを押し切り、正論を吐き続ければよかったのでしょうが、それをする能力がなく、権力争いに終始しています。
あのような災害を引き起こしながらも、原発推進等と言っている人たちは、子供や孫たちにどのように説明するのでしょうか。それらのことを解決するヒントはここにあります。
ただこの路線は、小泉、竹中が進めてきたものとどれだけ違うのか、事、医療に関する限り違和感を感じます。


(8)原発・正力・CIA  有馬哲夫  新潮新書

 1954年に第五福竜丸がビキニ環礁で、アメリカの水爆実験の死の灰を浴び、船員の久保山さんが死亡されて以来、日本の反米感情はこれまでになく高まりました。また同時に反原子力運動の高まりも、大変なものでした。
これに危機感を抱いたアメリカは、政界進出をもくろむ読売新聞社主の正力松太郎を使って、日本の世論を親米に転換させようと試みます。核兵器開発の一環として出てきた「原子力の平和利用」というアイゼンハワーのプロパガンダの一翼を、読売新聞を使って担ってきた正力は精力的に日本に広め、ついには科学技術庁長官になって、東海村に原子力発電所を作ることになります。
読売新聞は、正力の意向を受けて原発発展のキャンペーンや反原発運動を非難する報道 を繰り返していきます。こういう目で見ていけば、読売新聞や、「何とか委員会」と言った読売の番組は、リベラルな考えとは相容れないものであることは、納得できます。あくまでも戦前のような戦力保持、そのための憲法改正などを意図し、首相になりたかった正力のしそうなことです。
また彼に取り入り、お金をもらっていた様々な政治家たち。彼らに私達の未来を決定されてはいけないと感じました。


(9)原発の闇を暴く  広瀬隆、明石昇二郎  集英社新書

 どうもこだわるようですが、鉢呂元大臣の「死の町」発言と、野田首相が国連で行った原発再開の発言、どちらが原発被害者の心を傷つけ、国民の心を逆なでしたでしょうか。まだ福島原発事故の収束の目安も立たず、現在も周囲に放射能を撒き散らしている状態で、また原因究明がぜんぜん行われていない現在、よくもぬけぬけと「原発再開」と言う発言が出来るものだと思います。怒りだけでなく、彼のメンタリティーに対し、気味悪さを感じてしまいます。このようなやからに、私達の未来を例え短時間でも託してよいのでしょうか。鉢呂大臣にはあれほど噛み付き、大声を上げたマスコミも、この発言に対しては、私の知る限り何一つコメントを出していません。一体どうなっているんだ。
またこのごろマスコミの報道で、福島に住んで、また戻って頑張ろう、その人たちと「絆」を結んで頑張ろう(絆、嫌な響きです)と言った趣旨の報道をよく見ますが、とんでもないことです。チェルノブイリの近くで事故の直後に盆踊りをする人がいますか。そこに住んではならないのです。
最近のマスコミは本性を現し、原発再開キャンペーンを行い始めています。事故直後にテレビに頻繁に登場していた、親原発の御用学者は一時姿を隠していましたが、最近は各地に出没し、原発安全発言を再開しているようです。
この本は原発マネーに集り、国民を食い物にしてそこから甘い汁を吸い続けている、政治、社会の形態や先ほど述べた御用学者を糾弾したものです。原子力マフィアの実態がよく判ります。
電力会社は、今度は冬にも電量不足が起こる可能性があると、私達に脅しをかけています。この本にも紹介されていますが、現在原発なしでも電力不足が起こることはありえません。また発送電分離をするだけで、多くの企業が独自に作っている電力を一般家庭に安く大量に送る事が出来るようになります。理論上これだけでも現在の原発で作っている電力に取って代わることが出来ます。それに最近注目されている、少なくとも200年は全世界に供給できる、クリーンエネルギーになる天然ガスを使って発電すれば(これは世界各地で実用化されています)原子力などを使用せずにさらに十分な電気量が得られます。
要するに電力会社と結託した政治が悪いのです。3月からこれらのことをてきぱきとすすめて行っておれば、事電力不足の問題はクリアーでき、日本中の原発を廃止する決定くらい出来ていたはずです。
この本を読んで、私達がいかに搾取されているかがわかりました。この怒りを手遅れにならないうちに、選挙の投票で示しましょう。


(10)原発社会からの離脱  宮台真司・飯田哲也  講談社現代新書

 原発問題については、野田政権になって以来怒りが増幅されています。なぜこのような
多くの国民の考えと乖離した政権が、のうのうと存在できるのでしょう。この問題について期待できるのは、自民党の河野太郎氏と共産党くらいしかありません。
と、怒りながらこの本を読みました。原発一般について、かつて「原発村」に居た自然エネルギー研究家の飯田さんと、社会学者の宮台さんの対談です。原発一般に対する対談もされていますが、原発を国家戦略として取り入れ、このような事故を起こしても原発廃止を明確に打ち出すことが出来ない、日本と言う国について考察してあります。つまり社会学の本、と言う側面も持っています。
原発村に象徴される「旧い日本、旧いシステム」は、飯田さんが書いているように、多くの善良な人たち、弱者、次世代を担う人たちを踏み台にし、その善良さや真面目さを愚弄し、見下ししかもそこに付け込んで「寄生」してきました。
今回の原発事故を契機に、明治維新や、第二次大戦の敗戦時のように大きく日本社会を変えていかなければ、私達の子や孫の時代に日本は存在しなくなっていることでしょう。これからの私達の社会のあり方に、大きなヒントになる本でした。、


番外篇  仮面の男 雪組 宝塚大劇場

 正直言って、大失敗作です。
フランスのブルボン王朝、「太陽王」と言われたルイ14世には双子の兄が居り、それを隠す為に、彼は牢獄に幽閉されていました。それを知った、今は引退した三銃士が彼を救い出してルイ14世と入れ替え、立派な政治を行うと言う物語で、デカプリオ主演の映画でヒットしたものだそうです。
主題は面白いのです。しかし話が面白くなってくるのは終盤40分位で、それまでは時代背景を説明するのに、水戸黄門、助さん、格さんが出てきたり、ジャンヌダルクが出てきたり、またこれまでの宝塚の作品のパロディーが出てきたり、と盛りだくさんなのですが、すべて今の言葉で言う「すべりまくり」でぜんぜん面白くなく、と言うより「わけ判らん」状態です。よくもこれだけひどい脚本が書けたなと、むしろ感心します。一緒に観劇していた妻は、「何時まともな舞台になるのだろう」と気になって、眠くならなかったようですが、私は気分が悪くなりました。
終盤を膨らませ、丁寧に登場人物の心の動きを現して行けば、面白いものになったでしょう。時代背景や、ルイ14世の間違えた政治など、セリフのなかに入れて説明すれば済んだはずです。勿体無い話です。
大量の実力派の卒業生を出した雪組は、作品で育て、守っていってやらなければならないのに、これはひどいと思いました。
東京公演までに大幅な手直しをしないと、本当に見る価値はないでしょう。


番外篇その2  おかしな二人 専科、星組 宝塚バウホール

 専科の大実力者、轟 悠さん、未沙 のえるさんと、星組の若手実力者(すみません、美稀千種さんはベテラン)6人、計8人で演じられた有名なコメディーです。
離婚歴のあるずぼらなオスカーと、彼の家に一緒に住むことになった、妻に離婚を言い渡された几帳面なフェリックス、彼らを取り巻くポーカー仲間達や、2階上に住むバツイチと未亡人の姉妹、彼らが宝塚には珍しく、ダンスも歌もなくセリフだけでテンポ良くそして面白く話を進めていきます。
観客の皆さんものりが良く、芸達者な出演者に乗せてもらって手拍子や大きな笑い声が響き、なんとも楽しい作品でした。安心して心から笑えた感じがします。
雪組のあのひどい作品を、補って余りある作品でした。お勧めです。
後日、主演の一人、未沙のえるさんが次の星組公演を最後に退団されると言う報道がありました。舞台に居られるだけで安心感があり、また思わず笑顔になるような生徒さんでした。特に「Me and My Girl」のバーチェスターというお抱え弁護士は、のえるさんの当り役で、大好きでした。今回のお芝居の最後のショウの時、マイウェイを歌い、マイク代わりに手に持ったオタマを舞台に置いて退場されたとき、卒業されるのかとそんな予感はしたのですが・・・
のえるさん、これまで沢山の楽しい舞台を有難うございました。


白 江 医 院 白江 淳郎

2011/09/05 2011年8月の読書ノート
(1)原発報道とメディア  武田 徹  講談社現代新書   

 3月11日以来、原発とその被爆問題について多くの報道がなされています。しかし正直言って、私達の心の片隅では、真実が伝えられているのだろうかと言う疑問があります。政府の発表では、直ちに健康被害は無いということですが、それは一体どれくらいの時間のことを言っているのか、また誰が責任を持って発表した言葉なのか、はっきりしません。中国の列車事故のことを揶揄して笑っていますが、五十歩百歩です。
またその不信感は、多くのメディアに向けても発せられています。記者クラブを作り、政府や電力会社の発表をそのまま掲載する、またおかしいと思ってもオブラートに包んだような形でしか掲載しない大新聞(読売、産経などはもとより論外ですが)。このような相互不信、国民一般の不幸はどうして起こったのか、検証されなければならない問題です。この本はそれらを考える糸口を、与えてくれると思われます。
信頼できる情報で期待できるのは、フリーランスのジャーナリストが自分の力で取材し、ある意味命をかけて書いている、個人のジャーナルでしょう。上杉隆さんのジャーナルはお勧めです。


(2)大相撲の経済学  中島隆信  ちくま文庫

 相撲は、大相撲ダイジェストで見るのは良いのですが(この番組もなくなってしまいましたが)テレビで仕切りなどで時間がかかるのは鬱陶しくて嫌です。正直言って、その程度の認識しか、私は持っていません。
しかし最近八百長問題や、横綱問題、部屋での暴力問題などが報道されていますので、題の面白さも手伝って、読んでみました。この本は「経済学」と言う言葉は使ってはいますが、大相撲の仕組みやその運用を、わかりやすく紹介してくれています。
私のように、興味をそれほど持っていない人にとっても、面白く読める本です。今の仕組みでは、八百長問題などに目くじらを立てず(定義は難しいが、当然それに類する行為は行われているはずです)、ただのエンターテイメントとして割り切り、古典文化の継承機能と考えるべきでしょう。
また相撲協会も公益法人などとおこがましいことを考えず、一企業として再出発してはどうでしょうか。


(3)「おじさん」的思考  内田樹  角川文庫

 題名を見て、どのような内容かと思いましたが、結局は現代の世の中を大人として、どう生きればよいか、どのように考えればよいか、という内容です。
真面目にこつこつと働き、自分の周囲で起こることには責任を持ち、信義や正義を貫き、といった、私達が当然持たなければならないと教えられてきた、モラルまたは矜持ともいえる物が最近はなくなっています。そもそも「矜持」等と書いても、「それ何?、なんて読むの?」と言われるのが落ちでしょう。
人間としてのやせ我慢、潔さ、それと「おじさん」と言う言葉は結びつかないように思われるかもしれませんが、このように教えられて育った私達が声をあげ、怒るべきときには怒らないといけない、と感銘を受けました。
でも誰も聞いてくれないだろうな・・・。
終わりのほうに展開されている、近代日本の精神構造の変化と夏目漱石の文学の係わり、これは考えてもいなかったことなので、非常に新鮮でした。やはり内田先生は偉いんだと再確認しました。(お前なんかに言われなくても分っていると、言われそうですが)


(4)昭和二十年夏、僕は兵士だった  梯 久美子  角川文庫

 もうじき敗戦記念日が訪れます。この本は昭和二十年に20台の若者として戦争に関っていた、著名人からその当時の話を聞いています。
俳人の金子兜太さん、考古学者の大塚初重さん、俳優の三国連太郎さん、漫画家の水木しげるさん、建築家の池田武邦さんです。軍隊に入隊した経緯は5人さまざまで、志願して入隊した人もあれば、徴兵忌避をして逃げて捕まった人もあります。
登場しているすべての方に共通している感想は戦争の悲惨さで、これは戦場に限らず、銃後と言われる内地でも空襲などにより、同じような悲劇が体験されています。また死があまりにも近くにあるために、死、またそれを受け入れることに抵抗が無くなって来ます。皆それぞれ家族や、繋がる人があるにも拘らず、そうなって行くようです。
生き残った人たちも、戦後は戦争で無くなった戦友を助けられなかったことを、ずっと引きずりながら、人生を歩んで行きました。その人たちにとって平和のあり難さ、これは掛け替えも無く大切なものでしょう。
一までも、戦争の愚かさ、平和の尊さを語り継がねばなりません。
ただ、あのような無謀な戦争をなぜ始めたのか。これは軍部が独走して始めたというだけでなく、多くの国民の支持があったからこそ、可能だったわけです。このようになってしまった理由を、私達国民一人ひとりが真剣に考えないと、あの戦争で亡くなった多くの人たちの魂は浮かばれません。またこれは日本人だけでなく、アジア各国の人たちにも多くの傷を負わせてきたのですから、これも真剣に考えねばならない問題です。
死者を置き去りにし、繁栄を謳歌し、また原発で問題提起されたのに、これに対しても臭い物に蓋をして、どうにかやり過ごそうとしているこんな国家でいいのでしょうか。
大阪では、「維新の会」が、教育に手を突っ込んで掻き回そうとしています。手遅れにならないうちに、皆さん目を醒ましましょう。


(5)怖い絵 泣く女篇  中野京子  角川文庫

 22の有名な絵を紹介してあります。私はこの筆者の絵画についての本は、絵についての解説書として読むのではなく、絵を題材にした短編小説と考えて読んでいます。
そういうようにして読むと、ここで紹介してあるファン・エイクの「アルノルフィニ夫婦の肖像」、ヴェロッキオの「キリストの洗礼」など実に面白いものです。
私は、この筆者の「怖い本」シリーズの常連の、ベックリンの「死の島」に強くひきつけられてしまいます。生きている間も、また死んでからも私達を襲ってくる空虚な感じ、どこまでも続いていく暗い道、その上を一人とぼとぼとと歩いていく自分。そのようなものが、東洋でも、西洋でも共通しているような気がします。これは皆が感じている疎外感なのでしょうか。
この「死の島」は良く似たモチーフで5作あるのですが、バーゼル美術館所蔵のものが、私には一番ピタッと来ます。ただヒトラーもこの絵のファンだったそうなので、複雑な心境です。


(6)冬眠の謎を解く  近藤宣昭  岩波新書

 動物の中には、冬眠をするものがあります。冬の寒い間、じっと寝続け、体温も低下させ代謝を低下させて春を待つ。何か羨ましいような気がします。しかし体温が低下したら、細胞に変性が生じますし、そうなれば次に体温を上昇させても、元通りの機能を果たすことは出来ません。何か不思議な特別なメカニズムが、働いているに違いがありません。
心臓は、冬眠中に極端な徐脈傾向になるのですが、そのときの心筋細胞には特有な変化が生じています。また、このような変化を起こす物質も発見されました。この物質が、脳内で増加していくことで、冬眠の準備が体中で始まります。
冬眠は普段の高温、あるいは常温の身体とは全く違った身体になることを意味します。私達の身体は、せいぜい35℃位までの体温低下には対応できますが、それ以下の体温低下には対応できません。しかし冬眠中の動物は、0℃近くまで体温を低下させ、なんら障害を残しません。ここから不老長寿のヒントがあるかもしれません。
この本は、この研究を詳しく紹介してあります。興味深い本です。


(7)芸術家たちの秘めた恋  中野京子  集英社文庫

 題を見てもどうも私が興味を持ちにくいような本ですが、作者が中野京子さんであることと、メンデルスゾーンと、アンデルセンに関係なんてあったのかと、興味を持ち読み出しました。
デンマークの貧しい靴職人の子であるアンデルセン、かたやドイツの裕福なユダヤ人銀行家の息子のメンデルスゾーン。容姿にしても、大きくて顔も「オランウータン」と言われたアンデルセンに対して、いかにも育ちがよく上品で知的な顔立ちのメンデルスゾーン。 この2人を結びつけたものは、奇跡の声を持つといわれた、スウェーデン人のジェニー・リンドという女性でした。この人は私は知らなかったのですが、その当時ヨーロッパだけでなく、アメリカでもコンサートをし、大喝采を受けるような歌手だったそうです。
アンデルセンはこのジェニーに一方的に愛情を感じ、ジョニーはメンデルスゾーンに大きな愛情を持ちます。そこでメンデルスゾーンは・・・・と言う風に面白く話が進んでいきます。
アンデルセンと、メンデルスゾーンと言う面白い組み合わせと、巧みな中野京子さんの筆遣いで話はどんどんと進んでいきます。
比較的短いお話ですが、ぐんぐんと引き込まれていきました。


(8)一冊でつかむ古代日本  武光誠  平凡社新書

 筆者は古代日本文化を歴史哲学、比較文化的視点で研究している人です。(解説にこのように書いてありました。)そこで宗教、信仰と言う立場から、古代日本を紹介しています。
精霊崇拝をしていた縄文時代から、各部族が各自の守護神を持っていた弥生時代前期、それを統一して行き、各守護神の上に立ちそれを支配していく、倭の大神神社の出現。
このようにして大和朝廷の支配は拡大していきます。
その後、対外的な交流が深まるにつれ、仏教がピュアな形で入ってきますが、中国と対等な関係になっていくにつれ、仏教も日本のオリジナリティーを含んだものに進化していきます。
最後行き着くところは、仏教色の非常に薄い、平安時代になります。
私はこれまで、宗教史という見方で歴史を考えたことが無かったので、非常に新鮮に感じました。現代は宗教のない時代だといわれますが、意外と縄文時代のメンタリティーを私たちは持ち続けているのではないかと、思ったりしています。
これまで日本史を、このように宗教と言う切り口で考えたことは、あまり無かったので、面白く読めました。


(9)アフリカで誕生した人類が日本人になるまで  溝口優司  ソフトバンク新書

 この本の題名どおりの内容です。
1000万〜700万年前に最初の人類がアフリカで誕生し、進化を遂げながらアフリカを出、世界各地に広がっていきました。
筆者は形質人類学といって、出土した人骨を比較することで、人類の進化、またそれとともに起こった大移動の謎を解いていきます。昔から、縄文人、弥生人、アイヌ人、琉球人はどのように日本に来たのか、交雑はあったのか等話題になりますが、それに対してもこの形態人類学の立場から、解答を引きだしています。
私のような河内の原住民は、やはり弥生人の血を濃厚に引き継いでいるのでしょう。


(10)森が消えれば海も死ぬ  松永勝彦  講談社ブルーバックス

 水源の森から流れ出した水は、やがて海に流れ込み、多くの生物の命の源になります。 この水は単に水と言うわけではなく、森で得た様々な栄養を含んでいます。そしてその水が流れ込む河口あたりから、大きな潮の流れに乗り、方々の海に栄養素は広がっていきます。
海の栄養を豊かにし、海産物の捕獲量を増やすためにも、栄養豊富な河川の水を作ることが必要です。そのため筆者は、「魚つき林」を作る必要性を教えてくれていますし、またそれを世界各地で実践しています。この運動は、徐々に各地で認めだされ、北海道の襟裳岬では、猟師さんが山に木を植えて森を作り、そのおかげで特産品のワカメや雲丹の漁獲高が着実に増えて行っているそうです。
しかし、この運動は一朝一夕に結果が出るものではありません。これからも継続して行き、子孫に素晴らしい生活環境を残したいものです。


(11)原発はいらない  小出裕章  幻冬舎ルネッサンス新書

 福島原発の事故があり、周辺地域だけでなくかなり広い範囲で汚染が確認されています。海洋に流した、それらの物質も地球規模で広がり、日本は原子力テロの最大の国家になってしまいました。北朝鮮は今の所核兵器で脅しをかけているだけですが、日本は核汚染物質を確実に世界中にばら撒きました。
また放射能に対する感受性の高い子供達の、被爆基準値を信じられないくらい高い値に設定し、子供達を放射能の被害者にしようとしています。
多くの人たちの故郷や生活を奪い、人々を発ガンの危険にさらしながら、電力がなければ産業が衰退すると言う、国民の命や生活より産業を優先させる論理で、政府は原発をなし崩し的に再開しようとしています。
「安全性が確認できれば」などという言葉で、政府や、北海道知事は原発の再稼動を進めようとしていますが、今回の事故でわかったように、安全な原発などなく、安全性を確認できることなど絶対に不可能です。
原発を作れば作るほど儲かる仕組みになっている電力会社、原子炉を作っている三菱、日立、東芝などの大会社とそれに群がっている政治家や役人、核兵器開発を推進したい日本政府、それらが国民の生活や安全を省みず進めているのが、現在の原子力政策です。
私達の子供や孫たちの世代に、このような負の債務を残してはいけません。今すぐ原発を廃止することが私達の責任です。この本を読んでその信念を一層強く持ちました。


番外篇  アルジェの男  月組  宝塚大劇場

 1974年に初演された作品の、3回目の再演です。
第二次世界大戦前のフランスの植民地のアルジェリア。そこで育った孤児の青年が、ひょんな事からアルジェリア総督の目にとまり、出世の階段を駆け上っていきます。しかし良くある筋ですが、彼はその出世をする為に、何人かの彼に心を寄せる女性を踏み台にしていきます。そこで当然悲劇が起こり、最終的には彼にも悲劇が起こります。
初演が1974年、私が大学生の頃で、アラン ドロンの「太陽がいっぱい」はもう古典になっていましたが、女の人を踏み台にして立身出世する、と言う話はよく使われていました。映画などではもっとドロドロとした作品が確かあったはずですが、そこは宝塚、ドロドロはしつつも、後味があまり悪くならないよう、上手く話を進めています。
この物語では、主人公と3人の女性が絡むのですが、盲目の薄幸の娘に扮する花陽みらさんが卒業後4年ですが、好演でした。今後とも注目していきたい生徒さんです。
私は月組公演を見るたびに、娘役トップの蒼乃夕妃さんが凄みを増していくのに感心してしまいます。定評のあるダンスは言うに及ばず、歌唱力や演技力も公演ごとに進歩しています。それともう一つ言えば、プロ意識かな。素晴らしい生徒さんです。皆さんもご注目を。


白 江 医 院 白江 淳郎

2011/08/01 2011年7月の読書ノート
(1)日本人へ リーダー篇  塩野七生  文春新書   

 ローマの歴史で有名な筆者が、ローマの歴史から見えてくるリーダーたる人たちの、資質やものの考え方を紹介しています。
 社会的な危機に対して、人々は指導者の首のすげ替えで危機を脱出できるかと思っているようですが、それは全く夢であり、現実ではないと言うことは当たり前でしょう。歴史を振り返れば分ることなのに、日本人はそのようなことを繰り返しています。筆者は小泉純一郎に期待しています。彼に対する評価は私とは大きく異なりますが、リーダーとして必要な資質の一部は持っていたようです。
 しかし、結果は私達に不幸をもたらしました。あくまでも、資質の部分でしょう。


(2)福島原発メルトダウン  広瀬隆  朝日新書

 最近、報道が少なくなっていますが、福島原発の危険な状態は続いています。
 地震による揺れや、津波は「想定外」と言う言葉で、政府や東電は片付けようとしていますが、これがたとえば私達医師が、手術が上手く行かなかった時に使える言葉でしょうか。蒸し返すようですが、福島県の大野病院で起こった、出産時の大量出血による妊婦の死亡事故、このとき主治医は考えられるすべての準備をしていたにも拘らず、結果が悪かった為に、逮捕、起訴されました。東電の関係者や通産省の担当者は、逮捕されなくて良いのでしょうか。
 なぜこのようなことを言うのかというと、今回の福島原発の事故は、人災の可能性が高いからです。不適切な場所に原発を作り、(あるいはそれに許可を与え)安全対策の基準を緩和し、また当然自主的に行うべき安全対策を行わなかったため、このような結果が起こったと考えられます。
 また、事故後の情報の発表がどう考えても操作され、正確で迅速な情報が私達に与えられていません。まさに情報操作そのものです。
 日本は今、巨大地震の激動期に入っています。そのようなときに、地震の活断層に近いところに多くの原発を作れば結果がどうなるか、誰でも予想できることです。
 原発事故で怖いのは、「体外被曝」ではなく「体内被曝」の問題です。長い年月をかけ子供達の体を壊していきます。私などは、後せいぜい20年くらいしか生きてはいませんが、次代を担う子供達に、どのような形で責任を取るべきなのでしょうか。
 すぐさますべての原発を停止するべきです。「電力が不足する」など、電力会社の脅しに過ぎません。この本を読めば、原発に頼らないでも現在十分な発電能力があることが分ります。それの邪魔をしているのは、電力会社、政府、マスコミであることが、再認識されました。


(3)原発のウソ  小出裕章  扶桑社新書

 原発シリーズです。今回は、その決定版とでもいえるような本です。
 筆者は時々テレビにも出演され、原発の危険性を話しておられます。従来私は、原発と言うのは、トイレの無い、モダンなデザイナーズマンションと思っていました。また冷却水を周囲に撒き散らし、環境の温暖化の主犯だと思っていましたが、この本を読んでそれが確信に変わりました。
 筆者が書いているように、これまでの私達の生活は、原発推進により巨額の利益が得られる電力会社と、政治家、マスコミのによってだまされ続けてきました。子供や孫たち、またそれ以後の世代に負債を残さないよう、私たちは原発の即時停止を行うべきです。
 7月6日の毎日新聞の夕刊にあったように、原発がなくなっても電力不足が起こることは、有り得ません。勿論省エネの気持ちを持ち続け、それを実践していくことは大切ですが、電力会社のうそで固めた脅しに乗せられて、身体に危険が起こりそうな状態まで、省エネする必要はありません。
 私は診療所で、「脱原発1000万人署名」活動を行っています。坂本龍一さん、大江健三郎さん、瀬戸内寂聴さん、澤地久枝さん、吉永小百合さんらが呼びかけ人になって原発の新規計画中止と既存原発の計画的廃炉や、自然エネルギーを中心にすえた政策転換を求める署名です。この署名用紙は、「さようなら原発1000万人アクション」のホームページからダウンロードできます。
 すでに300人以上の方に賛同して頂いています。皆さんもこの運動に協力していただけませんか。一人ひとりの声は小さくとも、1000万人が「NO」と叫べば、少しは国を動かすことが出来ると思います。


(4)長崎唐人屋敷の謎  横山宏章  集英社新書

 鎖国を行っていた江戸時代、外国に対して開かれていた窓は、長崎の出島が有名です。ご存知のように、オランダはキリスト教を伝道する国ではない(カソリックではない)と言うことで、出島を通じての貿易を許されていました。
 しかし思い返してみると、日本史の授業で貿易を許されていたのは、オランダと中国と習ったはずです。それなら一体、中国(明や清)から来た人たちは、どのような形で交易をし、どこに住み、日本人とどのように交流したのでしょうか。 それについては全く知識がありませんでした。
 この本は、それらの誰でもが持つ疑問を表題に出し、それを詳しく説明してくれています。なかなか面白くまとめられており、ちょっとした薀蓄を傾けるのによい本です。
 関係のないことですが、私のちょっとした自慢は、新聞の日曜版にある書評より早く本を見つけ、読むことです。この本は朝日新聞の書評に取り上げられましたが、その先に読み終えていました。すみません、ちょっとした自慢です。


(5)印象派で「近代」を読む  NHK出版新書  中野京子

 印象派というとマネ、モネ、ドガ、ゴッホらの名前が挙がります。それまでの古典的な絵画は、教会や領主といった人たちがパトロンになり、宗教的な教えを表した物が殆どでした。それに比べ、風景の一瞬のその輝きを捉え、自然や人々の心の内面を表現する印象派の絵画は、その時代の、所謂大御所には受け入れられませんでしたが、ブルジョアジーや新興のアメリカなどでは受け入れられ、徐々に力を伸ばして行きます。
 展覧会へ行ったとき、古典派の絵を見、その時代や宗教的な背景の説明を読めば、「なるほど」と思って鑑賞しますが、ゴッホの絵を見れば、説明を読む必要なく、また時代背景を知ることなく、絵そのものに圧倒されます。印象派の絵とはまさにそういう物なのでしょう。
 この本は、その時代のフランスの社会事情、自我の確立にいたる道筋なども、絵画を通じて紹介してあります。
 筆者の中野さんの本は、説明が的確で面白く、これからも読み続けて行きたい方です。
 印象派の活躍した19世紀のパリ、現在宝塚大劇場で上演されている「ファントム」がまさにその時代ですが、その当時のオペラなどの芸術の舞台裏なども紹介され、なかなか興味深く読むことが出来ました。


(6)英国王室御用達  長谷川喜美  平凡社新書

 12世紀のヘンリー2世の時代から、その国王が使用する高級品から日用雑貨までを扱う、信頼に足るお店に国王、あるいはプリンス オブ ウェールズが与える認定証「ロイヤルワラント」。それを得るには勿論厳しい審査があり、得た後もそれを維持するための継続的な努力、社会貢献が必要です。
 またこれは、現在でいえばエリザベス女王が与えた「ロイヤルワラント」ですから、国王が変われば、その店の持っている「ロイヤルワラント」は消失してしまいます。それ故、常に努力し、品格とステイタスを維持し、ということが必要になってきます。逆に言えば、長年にわたってこの「ロイヤルワラント」を維持し続けていると言うことは、信頼に足るお店であると言うことです。
 この本はその「ロイヤルワラント」の歴史、勿論現在のお店の紹介、日本で入手可能な名品を紹介しています。
 いくつかのお店を訪ね、その店主にインタビューをし、各店の矜持を紹介していますが、皆さん「ロイヤルワラント」に誇りを持ち、しかし決して驕ることなく仕事を行っていることがわかります。
 この本で紹介されている店の品物の中で私が持っているものは, GIEVES AND HAWKESのブレザーとシャツだけです。既製品で廉価なものですがなかなか出来がよいように思いますし、何よりそれを着ている喜びがあります。
 一度イギリスへ行けるものなら、その本店に立ち寄ったり、この本で取り上げているトゥルフィット アンド ヒル で散髪をしてみたいものです。


(7)「イギリス社会」入門  コリン・ジョイス  NHK出版新書

 ユーモアたっぷりの面白い本で、訳も巧みで、イギリス人特有のユーモアの面白さを引き出してくれています。
 イギリス社会の表面的なことは知っているつもりですが、実際彼らがどのように考え毎日を送っているかは、知らないことが多数あります。人々は女王のことを本当はどう思っているのか、言葉使いで本当に階級が分り、それをみんなが受け入れているのか、こんなことは疑問には思っていても、実際の所はよく判りません。
 同じ島国で、歴史を持っている国ですが、日本とイギリスとは大きく違ったところがありそうです。そこのところを、ユーモアを交えて面白く聞かせてくれています。


(8)一日江戸人  杉浦日向子  新潮文庫

 「現代の江戸人」と呼ばれていた、杉浦さんが紹介してくれる、江戸時代の人々の日常生活です。美人、美男の条件や、江戸の人々の住まいと生活、はては春画にいたるまで、面白く紹介してくれています。
 現代のように物があふれている社会ではないので、いろいろなものを工夫して利用したり、日常生活で起こるちょっとした事に面白みを見出して、それを工夫しながら楽しんだりして、江戸時代の人々は、私達よりも遥かに豊かな生活を送っていました。
 それらのことを実に響きのよい文章で、また本職の漫画や絵を上手に用いながら、紹介してくれています。
 一体生活の豊かさとは何だろう、と考えさせられる一冊でした。


(9)身近な雑草の愉快な生き方  稲垣栄洋  ちくま文庫

 身近に、どこかそこら辺りにある草、それが雑草ですが、花壇などで大切に育てられる草花と違って、過酷な競争社会とでもいえるような環境で生活しています。
 自分が生きて行き、優秀な子孫を残すために、それらの草は様々な工夫をしています。簡単に折れにくくするために、茎の中空を空洞にしたり、茎自体を円筒形ではなく三角柱のような形にしたりと様々な進化を遂げています。
 受粉の方法も実に様々で、虫を呼び寄せるだけでなく、いかに上手にその身体に花粉を着けるか、またその花粉を雌しべにどのように効率よく着けるか、といった所に様々な工夫があります。勿論、草自身はそのようなことを考えたことも無く、遺伝子に乗って作業をしているだけでしょうが。それを研究していく学問は、実に面白そうです。事業仕分けにかかれば、「意味の無い研究だ」と言われそうですが、これこそ学問だと思います。
 この本は50種類の雑草の、興味深い生き方を紹介してあります。
 ただ綺麗なイラストでこれらの雑草を紹介しているのですが、白黒の絵なのでイメージが湧きません。経費のこともあるのでしょうが、カラー写真にしてくれたら、もっとイメージが湧き、「ああ、あの雑草か」と簡単に理解できたのにと思いました。


(10)ダンゴムシに心はあるか  森山徹  PHPサイエンス・ワールド新書

 小さい頃、私はダンゴムシとミミズが大好きで、ポケットに沢山入れていつも遊んでいたそうです。ダンゴムシと心と言う言葉はどう考えてもミスマッチのようで、興味深かったので読み始めました。
 「心」と言う言葉の捉え方は、実に多彩であると思います。脊椎動物のような大脳皮質が無ければ、「心」はないとも言えますし、その内容を表現する「言葉」が無ければ、心も無いとも言えます。この本で筆者は「心」を「内なる私の、予想外の行動の発現の原因となっているもの」を心と定義します。
 そういう目で見れば、多くのダンゴムシの中で、外からの様々な刺激に対して特殊な、予想もしなかった行動をする少数のダンゴムシは、心を持っている、あるいは心の動きを表現している、と言えるでしょう。
 筆者は色々な条件を作って、それに対するダンゴムシの対応を観察することで、大脳皮質はもっていないにせよ、心を持って周辺の状況に対応している、と結論しています。
 実験の発想、限られた用具を用いての実験系の作成など、興味のある話が次々と出てきます。面白い本でした。


(11)うまいもの漫遊記  小泉武夫  中経の文庫

 醗酵学で有名、と言うか味覚人飛行物体で有名な小泉先生が、日本全国のその地で作られている旨い物を求めて旅をする、フォトエッセイです。
 熊本の豆腐の味噌漬け、愛知の八丁味噌、江戸前のアナゴ、などなど。何でも美味しく召し上がる、小泉先生の文章を読めば、その土地へ行き、深呼吸をして空気を味わい、そしてその食物を味わいたくなります。
 もし行けなくても、お取り寄せという方法もあるようですが、やはりそこに行ってみたい気にさせる本でした。


番外篇  その1  ハウ トゥ サクシード 雪組 梅田芸術劇場

 1961年にブロードウェイで初演され、宝塚でも1996年に上演されたミュージカルの再演です。またこの公演は、新たに娘役トップに就任した、舞羽美海ちゃんの関西お披露目公演でもあります。私は雪組の、音月桂、舞羽美海のトップコンビは初々しく、美しいコンビですので、正直言ってお気に入りです。
 この作品は、先ほど書いたように1961年の作品です。立身出世が当然の目標と考えられていた頃で、単純明快に出世を目指す若者の姿がベースにあり、見終わった後もスカッとした気分になります。このトップコンビにふさわしい作品だと思います。
 宝塚は、前回宙組のような不倫物でなく、このような作品でなければいけないと思いました。この作品はお勧めです。


番外篇  その2  ファントム  花組  宝塚大劇場

 「オペラ座の怪人」を題材にしたミュージカルで、5年ぶりに再演されました。またこの公演は、蘭寿とむさんが花組トップとして帰ってきた、お披露目公演です。蘭寿さんが花組に帰ってくることがわかって以来、「らんとむ(我が家でのニックネーム)でファントム」と冗談で言ってきたので、発表があったときはびっくりしました。
 お話は、生まれつき醜い、奇形の顔を持ってはいますが(確か先天性の骨形成異常)素晴らしい歌声をもち、音楽の才能のある、エリックと言う青年が主人公です。彼はその顔のため人々から隠れ、パリオペラ座の地下に住んでいます。
 エリックはある日、素晴らしい歌声を持つクリスティーヌという少女を知り、顔を隠し、また顔を見ない、名も聞かないという約束で歌のレッスンをします。めきめき上達したクリスティーヌは、ついにパリオペラ座公演の主役を射止めますが、それを嫉む人たちや、エリックの出生の秘密なども複雑に絡み合い、話は悲劇の結末を迎えます。
 登場人物たちの愛情、親子の情愛などが絡まり、正直涙なしでは見られない作品です。エリックには蘭寿さん、その父親キャリエールを同期の(この人がトップになるかなとも思っていた)壮一帆さんが演じていますが、素晴らしい演技でした。作品も素晴らしいと思いますが、この2人に、拍手です。
 今年のトップを争う作品です。


白 江 医 院 白江 淳郎

2011/07/04 2011年6月の読書ノート
(1)スペイン・ロマネスクへの旅  池田健二  中公新書     

 11,12世紀のイベリア半島は、レコンキスタの時代でした。それ故スペインと言う統合された国はなく、多くのキリスト教を宗教とする小王国と、イスラム勢力に分かれていました。
レコンキスタをすすめるにつれ、キリスト教の支配を確固としたものにする為に、各地に教会が立てられました。またそれはスペイン西部のサンティヤゴ・デ・コンポステーラに使徒ヤコブの墓が発見され、そのお墓にお参りする巡礼が盛んになる時期と一致しましたので、よりこれらの建造が盛んになったと考えられます。
ただやはりスペインはすごいと思ったのは、このような時代の教会が今も残っていることです。日本にも多くのお寺が残ってはいますが、スペインでは山間の数軒の民家かしかないような所に1000年以上前からの教会が、当たり前のような雰囲気で建っているのです。
筆者は巡礼が辿る道沿いのこれらの教会を尋ね、それらを美術史的な立場から紹介しています。写真も多く、それらの教会の荘厳さ、また周辺の文化が建築様式にいかに影響を及ぼしたかが、よく理解できます。難しいことは分らないでも、周辺の景色や、それに溶け込んでいる教会の姿を見るだけでも、この本の値打ちはあると思います。
ただ文章がなんとも硬く、英文和訳の模範解答のような感じがして、とっつきにくく思いました。先に読んだ、椎名誠さんならどのような文体で書くかなと思ってしまいました。


(2)江戸っ子の意地  安藤優一郎  集英社新書

 大政奉還があり、徳川幕府が明治新政府になり、江戸が東京に変わっても、政治や行政を実施することがそう簡単に変わるわけがありません。薩摩や長州の人達が理想に基づいて命令を出しても、それを実行するのは徳川時代の行政のノウハウを知っている、旗本、御家人でした。
しかし彼らのなかには、新政府に取り立てられて仕事をすることに納得できない人達が、沢山いました。その人たちは、徳川家がある意味流された、静岡藩藩士になった人もいました。ほかに武士としての地位を捨てて、農業や商売に道を求めた人たちもいました。
才能を生かす為に新政府に使えた人たちも、薩摩や長州の人達が、新政府の実務に慣れてくるにつれ、お払い箱になっていきます。
その人達が、明治維新後どのような人生を選択し、その後の私達の政治史、経済史、文化の歴史にどれほどの影響を残してきたのかを、この本は詳しく紹介しています。
政治家、高級官吏に必要なのは、知性と人間としての矜持、潔さ、滅私の精神です。その意地を、多くの幕臣は貫いたと思います。
現在のすべての国会議員は、それが分っているのでしょうか。
私の主義、主張とはある意味異なるのですが、今国民のことを一番心配し、心を痛めておられるのは、天皇陛下だと、最近感じています。


(3)名セリフどろぼう  竹内政明  文春文庫

 テレビドラマのセリフを引用しながら、そのドラマのあった時代や現在の私達の生活をエッセイ風に語っています。失礼ながら、この筆者のことは存じ上げませんでしたが、読売新聞の「編集手帳」の筆者をされているそうです。
巧みな、読んでいて引きずりこまれていくような文章で、なかなか楽しい本でした。また題材にしているのが、向田邦子、倉本聰等の脚本なので短いセリフながら、これも引き込まれます。手許に置いておき、ちょっとした時に読みたい本です。


(4)私たちはこうして「原発大国」を選んだ  武田徹  中公新書ラクレ

 福島原発の事故以来、原子力発電自体の見直し論が盛んです。以前読んだ本で、なぜ日本が原発大国になったのか、電力会社をそのように仕向ける政治の仕組みを読んだことがありました。原子力発電を受け入れた時に、国からその地方に支払われる高額の支援金、また電力会社が受け取る政府からの補助(当然私達の税金です)など、まさに国策として原発開発が進められてきたのです。
この本は、それらの原点がどこにあったのか、またその開発がおかしいのではないかと疑問を持ちながらも、沈黙してそれを受け入れてきた私達国民のメンタリティーなどを、戦後から時代を追って紹介してあります。
日本の原子力発電のルーツと言うと、中曽根康弘、そして読売新聞の正力松太郎に行き当たります。冷戦時代の核兵器開発、また結果として出て来た副産物を処理すると言う形でアメリカが主導した原子力発電、それを日本に導入することで、アメリカの核戦略に乗った若手政治家と、読売新聞社長。実によく出来た構図です。
日本の原子物理学者たちはこのような動きに反対し、日本独自の研究、開発で安全な原子力発電を行うように主張しましたが、政治の前では無力で、政府の対米追従の方針に押し切られてしまいました。
ちょっと皮肉な見方をすれば、私達が誇るべき日本国憲法も、アメリカの核の傘に守られた、核の論理の時代に成立しています。しかし、だからと言って子孫に対して胸をはれることは、原発を守り抜くことではなく、憲法9条を守ることと、原発を廃止することだと考えます。
そのようなことを考えていた矢先、村上春樹さんが原発に対して素晴らしいスピーチをされました。何度もこの内容を噛みしめたいと思います。


(5)旨い定食 途中下車  今柊二  光文社新書

 電車を降りて、駅前の商店街などを歩いていると、ふと見かける食堂があります。そんな店の前には、よく「定食」の内容を書いた黒板があり、それを見る度心がそそられます。
しかし私が大阪へ出るときは、大抵は午前診と夜診の間で、走るように移動している最中なので、一度もそういう店に入ったことはありません。学生時代には、昼ごはんによくそういう店を利用したものですが、かれこれ三十年以上前の話です。
筆者は主に東京の私鉄の沿線で、そのような店を訪ねてまわっています。写真も豊富で、行って食事をしたような気になります。筆者の紹介する店の定食は、ご飯、味噌汁、小鉢物とメインの料理で成り立っていることが多く、お値段も数百円と非常にリーズナブルなものです。どの店も特徴があり、美味しそうです。しかしこのような店を見つける眼力を得るまでには、様々な失敗があったのだろうなと思います。
今度はそのような、ひどい定食の店を(実名は要りませんので)紹介して欲しいと思いました。


(6)日本人のためのアフリカ入門  白戸圭一  ちくま新書

 アフリカというと貧困、飢餓、部族紛争と言ったイメージを、多くの日本人が持っています。しかし毎日新聞ヨハネスブルク支局へ赴任し、何年もそこを拠点としてアフリカを取材して回った筆者は、私達の持っている認識が間違っていると言います。
約40年前のGDPを見ると、サハラ以南のアフリカ諸国のほうが中国よりも、遥かに高かったのです。ただそれ以後、中国は経済発展を遂げたのに対し、アフリカの経済は停滞あるいは後退して行ってしまいました。
それ以後先進国にとって、アフリカは指導していかねばならない、頼りない存在で、お金をつぎ込んでやらねばならない、バカな道楽息子のような存在と認識されてきました。
日本もアフリカに対してODAで多額の援助をしたり、「アフリカ開発会議」を開催したりしていますが、基本的にはこのような考えに沿っているようです。その間に中国に出し抜かれ、多くの国民の税金を投入したのもかかわらず、アフリカでの日本の影は薄くなっていく一方のようです。
この本は、私達が持っているステレオタイプのアフリカ像を改め、新しいアフリカとの関係を構築していく、よい教科書になります。現にアフリカのGDPの伸びは近年著明で、私達の持っていたアフリカ像は、もう昔の物に成ってしまっているようです。


(7)アフリカ大陸一周ツアー  浅井宏純  幻冬舎新書

 今回は何と言う理由もないのですが、アフリカシリーズです。大型のトラックバスに乗り、10ヶ月かかってアフリカ大陸を一周するツアーに、55歳のおじさんが一念発起して参加しました。
世界各国からこのツアーに参加していますが、日本人は彼一人です。この本で面白いと感じたのは、アフリカを植民地としていた国から参加した人と、そうでない国から参加した人の、アフリカの現在の姿に対する感じ方の違いです。イギリスなどから参加した人たちは、植民地時代に教育や、社会のインフラを整備していたのに、それを受け継いでいないと批判しますし、それ以外の国からの人たちは植民地政策の矛盾を指摘します。どちらのもそれぞれの、納得できる所はあります。
ただこの前の本で読んだように、筆者の目の前の現実のアフリカは、独立以後の政治の失敗が原因で、このように荒んだ世界になったのでしょう。
日本は多額の私達の税金をODAとしてアフリカにつぎ込んでいますが、この本を読めば、それが有効に、また現地の人たちに感謝される形で生かされているとは、とても思えません。歴代の政府、外務省などの責任はどうなっているのでしょう。
話は変わりますが、今年のゴールデンウィークに、BSで世界各地のこのようなバスツアーの特集を一日一回一つの地域について、朝から夕方まで放送していました。私が見たのは、南アメリカとアフリカの一周ツアーでした。
どちらの旅行もかなり過酷なものでしたが、どちらにも日本人の若い女性が参加していたのには、驚きました。一度参加してみたい気もしますが、一番先にギブアップするのは私のような気がします。


(8)原発列島を行く  鎌田慧  集英社新書

 福島原発の事故以来、これまでの私達の生活、特に原発に頼っている(と言われている)電力事情を考え直す動きが盛んになってきました。と言うより、誰でも不安を感じていたことに、政府やマスコミが蓋をし切れなくなったということでしょう。
この本は、日本に計画中も含めて、58基ある原子力発電所の主な所を訪ねた、ルポルタージュです。
原発の推進は、中曽根が中心になって推し進めてきた事業であることは、今月読んだ本に書かれていましたが、その発電所の土地を確保するときには、札束で頬をたたくようにして、交付金や保証金と言う形で行政や、漁協を陥落させていきます。まさに「カネと命の交換開発」であったわけです。地方の過疎や、事業の先細りに苦しみ、困っている人たちを、金の力で抑え込んだわけです。そして一旦そのようなアジを覚えた人たちは、カネが習い性になり、たかりの風習が残ってしまいます。
色々な嘘や、隠蔽、甘い予測などを繰り返した結果、先日の福島原発で見られたようなことが起こってしまいました。
先日関西電力が、なんら明確な証拠も出さず、「この夏電力不足が生じる可能性があるから、15%の節電を。」と発表しました。関西電力が今もっている火力発電は、フル操業しているのでしょうか。それさえも分りません。日本全体で考えれば、火力発電は50%しか稼動しておらず、これを75%に上げるだけで原発の分はカバーできるはずです。皆さん関西電力のこのような、原発を残したいためだけのおどしに惑わされないようにしましょう。


(9)TPP亡国論  中野剛志  集英社新書

 TPP等と言う話が出てきたとき、私は新自由主義経済の亡者がまた姿を変えて出てきた、と感じました。これは私一人に限らず、多くの人達が感じたことではなかったでしょうか。
そんな胡散臭いものに、菅内閣は深く考えることなく飛びつきました。簡単に考えても、日本の農業は壊滅的な打撃を受けます。私達が食べる食料を自給することは(今でさえも全く出来ないのに)不可能になってきます。
世界的に水不足が懸念されている現在、アメリカやオーストラリアが水不足になり、自国の国民に十分な食料が供給できなくなるかもしれない恐れが出てきたとき、日本に食糧を輸出してくれるでしょうか。子供でも分ることです。
しかし日本ではマスコミを始め、TPPへの加盟ありきで話が進んでいます。
この本は実に分りやすく問題点を整理し、これから私達の国が進んでいくべき道を示しています。ぜひご一読のほどを。
しかしなぜこのようなことが分らないのでしょうか。政治家、マスコミ、官僚の頭の中を疑います。


(10)江戸の大名屋敷を歩く  黒田涼  祥伝社新書

 江戸時代には日本全国で、約300の藩があったそうです。それらの藩が江戸に藩邸を置いていました。それも、各藩少なくとも上、中、下屋敷を持っていました。それらの屋敷には、大きさは色々あったにせよ、池を中心とした庭があり、四季それぞれの美しさを誇っていました。
明治時代になり廃藩置県が行われ、また藩それぞれが経済的に立ち行かなくなるにつれ、それらの藩邸は、国や民間に譲渡されるようになりました。
今の霞ヶ関や丸の内の政治、経済の中心地をはじめ、東京大学、後楽園、新宿御苑、六本木ヒルズなど、有名な所はたいていが大きな藩の藩邸跡です。またそれらには先ほど述べたように、庭園がありましたので、東京の中心近くでも多くの緑が、現在も残っています。
そこらあたりが、私達の大阪との大きな違いです。
この本は、それらの旧大名屋敷の遺構の案内をし、散歩しながら東京の歴史が実感できる本です。400年の歴史なので、まだそこここに大名屋敷の石垣などが残り、興味深く散歩が出来そうです。
この本に紹介されている場所では、日本医師会の近くにある六義園の横を通ったことがあるだけですが、今度東京に行くチャンスがあり、また時間が取れるようなら、是非とも持って行きたい本だと思います。


(11)ルーヴルの名画はなぜこんなに面白いのか  井出洋一郎  中経の文庫

 ルーヴル美術館には、ギリシャ、ローマから19世紀にいたるまでの世界の名画や、彫刻が展示してあります。それらは実に広い空間に、多数並べられているため、短時間の見学コースでは、到底全部見ることは出来ません。
この本は、3時間コース、6時間コースを設定し、効率よく有名な展示品を見ることが出来るように、作品の紹介もしてあります。美術や、世界史で習ったあるいは教科書に掲載されていた有名な絵が、実に沢山所蔵されていると感心しました。
フランス革命があったり、王政復古があったりコミューンの騒ぎがあったり、二つの世界大戦があったりと、ルーヴルの周りでは実に大きな動きがあったわけですが、関係者の努力で、出来るだけ影響を受けずに、これらの遺産が私達に残してこられたわけです。
この本は、文庫本で写真があっても小さくて、詳細が見難いという欠点はありますが、解説の文章が丁寧で面白く、十分楽しめると思います。一生の内で、フランスへ行くチャンスはおそらく無いでしょうが、もし行ければ、この本は持参したいと思います。


(12)古代ローマ人の日々の暮らし  阪本浩  青春文庫

 古代ローマの将軍や皇帝のことは、世界史の授業で習ってきました。特に私の高校時代の世界史を教えて頂いた先生は、古代ローマやエジプトの歴史を詳しく教えてくださったので、2年間でルネサンスまでしか授業が進みませんでした。今になって思えば、大学の教養課程の講義を受けていたような感じです。高校3年の2学期になって「君達も気づいて居るだろうが、私の授業はとても近代までは行きません。」と話されましたが、みんなそれはそうだろうと納得したものです。しかし素晴らしい授業で、大変懐かしく思い出されます。
話は脇道にそれてしまいましたが、この本はローマの表の華々しい歴史ではなく、ローマ人の実際の生活はどのようなものだったかを、紹介してくれています。一日をどのように過ごしたのか、食事はどのようなものだったのか、学校教育や家庭での教育はどのように行われていたのか、など世界史の授業ではあまりお目にかからない話題を、面白く教えてくれています。図も豊富で、分り易い物でした。これも、ローマに関しては多くの資料が残っているおかげでしょう。
無味乾燥と思われる世界史の知識に、このようなものを付け加えれば、大変面白いものになっていくと思いました。


番外篇  美しき生涯 ルナ ロッサ 宙組 宝塚大劇場

 大感激した星組公演の後と言うことで、その余韻も残り、そのハンディキャップを背負っての、大劇場公演です。
「美しき生涯」は、豊臣家に対して「義」を貫いた石田三成と、茶々(後の淀君)との恋愛物語です。20年以上の話を1時間少しであらわすということで、何か忙しく、内容がどうも中途半端に感じました。
宙組がこれまで演じてきた、「誰がために鐘はなる」と「トラファルガー」を足して、内容を薄めすぎた作品、といった感じです。
三成と茶々は愛し合っているという設定ですが、「義」を説きまくっている光秀が茶々と不倫をし、秀吉の子として生まれた二人ともが、三成の子であると言う設定は一体何やねんという気がします。「義」ではなく、「欲」やないか、ホンマにもう。
フィナーレでは2人が死後天国で結ばれる、と言うことを暗示したいのでしょうが、私としては関が原の戦い以降の部分が余計で、「もうええわ」と思いました。
組子の皆さんは頑張っているのですが、私にはどうも、宝塚の不倫物は駄目です。
ショウのルナ ロッサ。私はこの公演を最後に卒業する、娘の高校の同期生、天輝トニカさんを目に焼き付けておこうと見続けていたので、正直内容はよく判りませんでした。しかし、このような生徒さんが卒業するのは勿体無い感じです。これからの新たな世界での活躍、幸福をお祈りします。 


白 江 医 院 白江 淳郎

2011/06/02 2011年5月の読書ノート
(1)温泉をよむ  日本温泉文化研究会  講談社現代新書     

 温泉は、私達の生活に大きな係わりを持っています。たとえ温泉にいけなくても、最近はスーパー銭湯などがあり、お湯に浸かってのんびりして生活をリフレッシュすることはよく行われています。
この本は、温泉の歴史や、宗教学的側面、医学への応用、文学の題材など、様々な方面から温泉と私達の係わりを考察してあります。
学生の頃、卒業後の進路について考えていたとき、九州大学、岡山大学、鹿児島大学などに、温泉医学研究所のような設備があり、驚いたと同時にここへ行けば温泉に浸かりながらのんびり勉強できるのでは、などと甘い妄想をしたことが思い出されました。しかし最近の医療費抑制策や、介護保険制度などにより、「温泉でリハビリ」などという甘い考えはなかなか実現しないようです。
学生時代、ラグビー部の夏の合宿は、長野県の野沢温泉村でありました。しんどい練習が終わった後、温泉に浸かるのが唯一の楽しみだったことを思い出します。考えれば、それ以来、温泉地に行ったという記憶がありません。ああ、なんと言う人生を送っているのか。
一度時間をどうにか捻出して、のんびりとした時間を過ごしたいものです。


(2)フェルメールの光とラ・トゥールの焔  宮下規久朗  小学館ビジュアル新書

 先日大阪市美術館で開かれている、歌川国芳典に行ってきました。多くの精緻な絵と、発想に感心しましたが、私達が見慣れている、西洋画とは印象が違うと言うことでした。
日本の絵は白い紙に書くのが普通ですが、伝統的な西洋絵画、特に油彩画は褐色や灰色色の地塗りをしたカンヴァスに描かれたものが殆どです。そのため、基本的な色としては暗い褐色になります。白っぽい、明るい部分にスポットライトが当てられ、そこが主題になっていきます。
この本は西洋画の辿ってきた、「光の当て方」、別な言い方をすると「闇」の扱い方を多くの絵を掲載しながら、説明して有ります。
光と言うと、学校でも習ったレンブラントが有名です。また最近になって、展覧会が開かれ、私達に身近な存在になったフェルメール、ちょっと名前を聞いたことがあるラ・トゥール、しかしこの人たちはほんの一握りの有名人で、実に多くの画家がそれぞれの技法で、光や闇を表現してきました。筆者は「静謐と幽玄」と言う言葉で表していますが私達が中世の西洋画から受ける印象は、まさにそれかもしれません
この本で紹介されたものの中で、私が一番見てみたい絵は、フェルメールの「デルフトの眺望」と言うものです。ただ単に景色を描いたものなのですが、紹介された写真でも引き込まれてしまいます。一度見てみたいものです。


(3)阪急電車  有川浩  幻冬舎文庫

 阪急今津線、西宮北口から宝塚間の路線で起こる出来事を、登場人物を上手に絡ませながら、実にテンポよく話が展開していきます。
考えれば同じ電車に乗り合わせるということは、それこそ一期一会で、ある意味運命の糸に操られているのでしょう。読書好き、大学の同級生、違う大学同士のそれぞれの男女、おばあさんと孫、これらの人達がどこかで接点を持ちながらこの電車を利用しています。
読んでいてテンポがよく、場面の転換も切れがあり、読んでストレスのかからない本です。
私は、長女が門戸厄神で下車し、岡田山の頂上にある大学に通学していましたので何回かこの線に乗った事があります。この線を舞台にこんな小説を書けることが、驚きでした。
この小説は先日映画化されたのですが、この展開は映画や舞台向きのように思いました。
宝塚では出来ないでしょうか。盆をまわしながら、場面転換をして・・・実に面白い舞台になると思います。


(4)名字でわかる日本人の履歴書  森岡浩  講談社+α新書

  私の名字は比較的少なく、珍しいグループに入るのかもしれません。調べれば全国で約1700軒あり、大阪では300軒強。石川県に多くかたまっているようです。私と同じような世代で、高校野球石川県代表(多分)星陵高校だったと思いますが、キャッチャーで白江君が居ました。またラグビーでは、現在京都産業大学で活躍中の、白江良君が居ますが、彼は大阪市内の出身のようです。
名字は由来によって、地名、地形、方位、職業、などによって分類されます。また同じ漢字でも、地方によってその読み方が異なります。
「東海林」と言う名字、皆さんはどう読みますか。多くの方は「しょうじに決まっているやん。」と答えられると思いますが、やはり最初は「とうかいりん」と読み、現在でも日本「東海林」と言う名字の多い県は山形県で、読み方も91%が「とうかいりん」だそうです。山形県の東海林一族が、今の秋田県に移って荘園の管理をする「しょうじ」になり、読み方も「しょうじ」に改めたそうです。そしてこの「しょうじ」が全国に広がって行ったようです。
この本にはこのような様々な薀蓄が満載です。
しかしやっぱり「白江」のことは分りませんでした。室町時代からここに住んでいたことは確かなようですし、藤井寺周辺は土師氏に象徴される帰化人が多い場所です。一方石川県も対馬海流に乗って大陸からわたって来易い所なので、やはり「白さん」がルーツなのでしょう。一度調べてみたいものです。


(5)棟梁  小川三夫  文春文庫

 法隆寺最後の宮大工、西岡常一さんの内弟子で、現在の寺社建築では第一人者の小川さんが自らの工房で行っている行っている、弟子の育て方、その根本に流れている考えを紹介しています。
「徒弟制度」、「共同生活」、これらの言葉は現代では死語のように思われますが、伝統の技術を受け継いでいくためには、有効かつ重要なシステムです。そこに入れてもらえた人は、体からそのような職人、最終的には棟梁となるように自らを鍛え上げていきます。
色々な機械を使いながら、現代的な快適な家を作るのではなく、カンナやノミなどといった伝統的な道具を極限まで使い、木と言う素材と対話しながら、200年、300年もつ神様、仏様の家を建てるのです。その時代に宮大工と言う職業が残っているのなら、その人たちは小川さん達の仕事の内容を理解し、立派に解体修理をしてくれるでしょう。
この本は宮大工の技術を紹介したものではなく、経験に裏打ちされた、立派なリーダー論、教育論です。どの一行一行をとっても感銘を受けます。


(6)世の中の意見が私と違うとき読む本  香山リカ  幻冬舎新書

 私達は今、何かひどく慌しい、結論をすぐに出し次のものに取り組むように、せき立てられている、そんな世の中に住んでいます。
小泉信一郎が「郵政選挙」を行ったとき、彼はイエスかノーかと言う、単純な結論を出すように、国民に要求しました。様々な議論や意見があって当然の問題でしたが、そのようなことには手間暇をかけず、いわば思考停止のポピュリズムの極致のような状態で国をとんでもない方向に、導きました。それを許した国民の程度の低さは、後世の批判に任せるとして、多くの国民はあの選挙以来、二者選択に慣れ、思考や判断経路もそのようになってしまいました。
内閣支持率と言うものがありますが、これなどはそんなに単純に判断できるものではないと思います。この政策は認めるが、あの政策は絶対同意できない、などというのが自然でしょう。勿論それを総論化して「支持率」なのかもしれませんが、簡単に数字で表されたものが、実際の姿を現しているとは考えにくいと思います。
情報が、それこそ津波のように押し寄せる現代社会でも、自分の意見を持ち続けることは絶対に必要です。そのための第一歩は「少数派になるのを恐れない」、「分らないときには判断を保留する」、「変節を恐れない」このような態度が大事だと筆者は言います。
私の卒業した中学、高校は(後輩の有名人に、福島原子力発電者所長の吉田昌郎、辰巳琢郎、山中伸弥、ロザンがいますが)このような思想で教育されていたように思います。彼らを見、自分を振り返ってその感を強くしました。


(7)二代将軍・徳川秀忠  河合敦  幻冬舎新書

 徳川秀忠と言うと、家康と家光に挟まれ、いかにも凡庸な(ブッシュ ジュニアのような)存在のように思われます。実際天下分け目の関が原の合戦に、徳川の主力を率いていたのに間に合わず、家康にひどく叱責されたりしたようなエピソードが多くあります。
しかしその反面、学問には優れており、原則に則って自分を律する態度も、優れたものがあったようです。それらの能力は、家康の死後大いに発揮されます。禁中並公家諸法度を制定したり、譜代、外様を含めて41の藩を改易したりしました。この本の帯にあるように「凡庸な跡継ぎ」が冷徹な独裁者に変貌したのです。
筆者はこの原因は、まずは良くも悪くも様々な家臣団に鍛えられたことだといっています。家臣団の派閥間の抗争を見、父家康のそれに対する処理方法などを見ることで、リーダーとはどうあらねばならないかを、勉強したのだと思います。
この本は、秀忠が登場してくるまでの前段が少し長すぎ、肝心の秀忠の業績がぼやけてしまったように思いました。面白いテーマだけに残念です。


(8)芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか  市川真人  幻冬舎新書

 ノーベル文学賞候補にも名前の挙がる村上春樹さんですが、芥川賞の候補になりこそすれ、授賞したことはありません。この本はその理由を考察することで、日本文学論を展開しています。
村上春樹さんがどうのこうの、と言うのを読む楽しさもありますが、明治以後の日本文学がもっている「父」に対するある種独特の見方や態度、それが日本が今日持っているアメリカに対する、「困った存在だが、居てもらわないとなおさら困る」という考え方と、大いに共通する所があります。
村上春樹さんは、そのようなものから大きく離れた所に考えの基盤を置いています。それゆえ、芥川賞選考委員の歴代の有名な作家には受け入れられなかったのでしょう。それとは逆に、海外での評価が高い(勿論日本国内でも高いですが)理由も理解できます。この本は筆者の考える文学論として読めば、非常に面白いものです。私が今年読んだ本のなかでは、結構高評価です。


(9)日本の迷走はいつから始まったのか  小林英夫  小学館101新書

 日本の政治史を、幕末、明治維新から現代に至るまで解説し、日本の政策決定が世界ルールを理解せずに行われてきたことを検証しています。太平洋戦争にいたる昭和初期からの政治史などは、全くもって恥ずかしいものですが、その原因は国民のセンス、能力の低さによるものでしょう。
正直言って、これからの日本の進み方をどれほど真剣に考えているのでしょうか。先日の地震があってからのこの国の政治を見ると、暗澹たる思いに陥ります。あのような低俗な政治家しか選べないのは、私達の責任だと思います。
そしてまた、このように国民をミスリードするマスコミの責任も糾弾すべきでしょう。(なんだか我ながら、大変に立腹しているな。)
これから日本は、少子高齢化が進んでいくことは確実です。それならそれで、品よく国際社会から尊敬される老人になってその役目を終わるように、政治を変えて行っては如何でしょうか。


(10)政権交代の悪夢  阿比留瑠比  新潮新書

 民主党政権が誕生してから2年が経とうとしていますが、政治の混乱は一向に収まりません。この政権で一番の欠点は、二人の首相の(自民党とは違った意味での)資質でしょう。
筆者は産経新聞の記者で、自民党政権時代から、民主党政権誕生に対して警鐘を鳴らし続けてきたようです。ただ、この本に掲載されているその当時の記事を読むと、やはり産経新聞、私の考えとは大分異なります。あの頃の自民党政治が続いていれば、日本はもっとひどい国になっていたでしょうし、最近の原子力発電所の事故、格差問題などどうなっているか分りません。そのとき産経新聞はどう主張するのでしょう。
今の政権で許せないのは、地震、原発のドサクサに紛れて、与謝野、柳沢らを中心として、市場原理主義が復活していることです。
やはりもう一度政界再編をして、リベラルな人たちと、産経新聞や読売新聞が主張するようなことに賛同する人たちに別れ、信を問うことでしょう。


(11)そうだ、ローカル線、ソースカツ丼  東海林さだお 文春文庫

 何と言う用事もなく、ローカル線に乗って気の向いたところで電車を降りて、行き当たりばったりの旅をする、それに憧れた東海林さんは茨城県の水郡線を選びます。そこはたまたま疎開していた場所に近く、小学校時代に遠足で訪れた滝を訪ねたりします。
次の訪問先は、東海道の掛川、浜松です。ここでも何と言う目的もなく、列車に乗ってビールを飲み、町の食堂に入って食事をして東京に帰ってきます。
そのほか、京都に行って定食を食べる旅や、秋葉原を探検する旅、路線バスに乗る旅など、私達があまり考え付かないような旅をします。
内容からしたら何でもないものなのですが、東海林さん特有のテンポある文章で、面白く時間がつぶせました。


(12)「腸ストレス」を取り去る習慣  松生恒夫  青春新書

 過敏性腸症候群、クローン病、大腸がん、最も身近なものでは、便秘や下痢、これらは腸の疾患であることは皆さんご存知のことでしょう。
筆者は3万件以上の大腸内視鏡検査を行ってきました。そこから最近の腸の病気の多くは、腸のストレスによるものが多いことに気づきました。腸は単に栄養を吸収するだけではなく、多くの神経細胞からなる独自の神経機能があり、体の免疫機能の大きな部分を担っています。ストレスにより、体に大切なこれらの機能が破綻すると、先ほど例に挙げたような疾患が起こってくると筆者は解説しています。
このような機能を改善することで、アレルギー、皮膚疾患、はてはうつ病まで改善したことを筆者は経験したそうで、その紹介もしてくれています。
またこの本の後半では、便秘を楽にする料理のレシピや、生活習慣を紹介してくれています。
「医師の癖にこのような本を読んで、一体お前はどう考えているんだ」とお思いの方もあるでしょうが、いつか、この本をバイブルのように考えている患者さんが来られたときに備えて(正直言って、ここらあたりは私と考えがちょっと違うと思うところがあったりするので)、一応予習の意味もあって読んでいるのです。
「腸の働きってこんなにすごい」と再認識していただくにはよい本だと思います。また高齢の患者さんで、いくら説明しても、自分が満足できる排便ではないので下剤を希望されるような方はぜひ御一読ください。


(13)ニッポンお祭り紀行  椎名誠  講談社文庫

「お祭りは楽しい、元気になる」と言うコンセプトで、日本の方々の「ありゃまあ」なお祭りを訪ね歩いたレポートです。今回は春夏編ですので、草木が萌たち生命の躍動が感じられる時期のお祭りです。秋の収穫が済んでそれに感謝するお祭りとは、その持っている意味が違っているかもしれません。
12のお祭りが紹介してありますが、佐渡の羽茂まつりは面白そうです。内容はぜひ御一読ください。写真も多く掲載され、見ても読んでも面白い本だと思いました。


番外篇  ノバ・ボサノバ  星組  宝塚大劇場

 現在乗りに乗っている、柚希礼音さんがトップの星組公演です。
この作品は所謂ミュージカル・ショーですが40年前に初演され、それ以後6回にわたって再演されました。今回で7度目の公演です。宝塚にとって、まさに宝物のようなミュージカルです。
40年という年月を経ても、古い感じは一切なく、その音楽と色彩の迫力に圧倒されます。私はDVDで見たことはあったのですが、実演は初めてで大いに興味を持って観劇しました。しかし、これはすごい。正直言って、見れば見るほど感動し、言葉を失ってしまいます。
歴代多くのノバ・ボサノバの公演があったでしょうが、この公演を見ることが出来て幸せだったと思います。
このショーの後「めぐり会いは再び」と言う、18世紀フランスの劇作家マリヴォーの名作喜劇「愛と偶然との戯れ」をミュージカル化した出し物がありました。これもなかなか小粋で会話も面白い作品で、大劇場が笑いで包まれました。濃厚な料理の後の、あっさりとした口直しのようで、満足できました。
今回の公演は、星組のパワーを大いに実感しました。今の所、両作品とも今年のベストです。


白 江 医 院 白江 淳郎

2011/05/06 2011年4月の読書ノート
(1)ツチヤ教授の哲学講義 土屋賢二 文春文庫        

 あの土屋先生の、お茶の水女子大学で行われた講義を紹介してあります。副題に「哲学で何がわかるか?」と書いてあります。哲学を知らないわれわれや学生さんに、哲学とは何をするものなのか、と言うことを理解してもらおうと言うことが主眼です。
 高校の倫理社会の授業で、プラトンや、ソクラテスや、カントなどの名前が出、彼らの考えなどをテスト前に一生懸命丸覚えした記憶があります。「時間とは」、「認識とは」など等、テストが終われば、忘れ去ってしまいました。そこで感じたのは、哲学者が使っている言葉と私達が使っている言葉は、定義が全く異なるので、対等の話にならないと言うことでした。医師の世界では所謂医学用語というものがあり、それを使っていれば医師同士の会話はスムースに誤解なく進みますが、一般の方にそれを使って説明すれば、訳がわからない、とお叱りを受けます。
 それとは反対に「時間」、「認識」、「知覚」と言った言葉は私達が日常でよく使う言葉ですが、日常用語と認識して哲学の分野で使うと、大きな誤解を生じます。その辺を詳しく土屋先生は説明しながら、話を進めていきます。そして最後のほうで、ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」と言う考えを紹介し、言語の仕掛ける思考の罠に陥らず、言語のあり方を明確に見る必要性を強調しています。
 これより詳しい説明は、私の能力を超えていますので、どうぞご一読のほどを。
 しかしこの本を読んで、一番感銘を受けたのは、土屋先生はしっかりと講義をされていることでした。エッセイによく出てくる先生の教室の助手の方々は、先生のこの姿をご存知なのでしょうか(笑)


(2)駅名おもしろ話 所澤秀樹 光文社知恵の森文庫

 国鉄、私鉄にわたる駅名に関する薀蓄を傾けた本です。
 私は小学校から高校までの12年間天王寺、寺田町駅の周辺の学校に通っていました。大学、病院勤務も殆どの期間、天王寺駅を利用していました。ところが近鉄では「阿部野橋」で南海では「阿倍野」と駅名が違うことを、この本を読むまで気づきませんでした。部と倍の違い、橋の有るなしの違い、知りませんでした。なんとも恥ずかしい限りです。この本は、この様な駅名の面白さを紹介し、その理由を詳しく紹介してあります。
 日本の鉄道の黎明期の、国鉄と私鉄、または私鉄同士の激しい争い、またそれによる駅名の命名の争いそれらが面白く紹介されています。
 ちょっとしたトリビアが結構ありますので、忘れない先に人に教えたくなります。


(3)広重の富士 赤坂治績 集英社新書ヴィジュアル版

 富士山、浮世絵と言えば、葛飾北斎が有名ですが、もう一人の巨匠歌川広重も富士山の絵を多数残しています。
 北斎の富士山のシリーズは、かなりデフォルメされ私達に強い印象を残します。それに比べて広重の富士山シリーズは、穏かな印象を与えます。この本では多くの作品を紹介し、それらの背景などを紹介しています。
 小学校のとき、絵具にプルシアン ブルーという色があり、プロシア青とも書いてあり、不思議な名だと感じたことがありました。濃紺ともいえる色で、とても好きな色でした。この色に北斎の秘密があったようです。一方広重はより淡いジャパンブルーを使い、自然の景観も取り入れ富士山を表しました。ここに広重の絵の穏かさの秘密があるようです。
 広重は北斎の後をついで富士山の絵を描き始めましたが、その理由も明らかにされ、結構興味深く読むことが出来ました。
 絵も多く掲載され、文庫本とは言え長く持っていられる本です。


(4)プロ野球解説者の嘘 小野俊哉 新潮新書

 野球で6回が終わって1点差のとき、解説者はよく「まだまだ試合は解りません」と言います。しかし統計的に見れば、6回を終わってリードされているチームが勝つ確率は、0.124だそうです。プロの勝負を知っている解説者なら、「試合はこれで大体決まりですね」と言うべきのようです。
 この本は、これまでのプロ野球の様々なデータを駆使して、私達がふと疑問に感じることを解説してあります。
 たとえば、「ダントツの首位打者の内川選手と、ホームラン王の村田選手が居るにも拘らず、なぜ横浜は弱いのか」と言う疑問。多くの解説者は「投手力が弱いから」と答えるでしょうが、筆者は「打線が弱いから」と答えます。実際横浜の投手成績はよくないのですが、3番、4番にこのような選手が居るわりに、打撃面での数字が全く悪いのです。しかも、1、2番が全く機能していないのです。この面を改善したら、もっと多くの得点がとれ、チームとして上手く回転して言ったと、筆者は考え、それをデータを使い説明してくれます。
 そのほか「イチローが活躍しているのに、なぜマリナーズは弱いのか、」、「ヤクルトの外人選手はなぜ活躍するのか。(それに比べ我が阪神タイガースは、最近までなぜあんな駄目外人しか採れなかったのか)」、「阪神のJFKは正しかったのか」など、興味のある話題満載です。
 すったもんだはありましたが、プロ野球が開幕しました。この本に書いてあるような視点でゲームを見れば、それなりに面白いと思います。


(5)9回裏無死1塁でバントはするな 鳥越規央 祥伝社新書

 アメリカ野球学会と言う学会が、当然ですがアメリカにあり、色々なデータを使って野球の戦術や、選手個々の評価を行っています。筆者はそこで使われている評価方法を用いて、私達が考えている野球のセオリーが本当に正しいものかどうかを考察しています。
 その私達が持っているセオリーと言うのは、「左打者には、左投手」、「2ストライク・ノーボールでは1球外すべき」、「高校野球では4割バッターでも、必要なときにはバントさせる」など等。
 アメリカの「ベース・ボール」と日本の「野球」の違いは当然あり、それによって得られる結論は自ずから違ってくるでしょうが、なかなか面白い内容でした。アメリカ人の監督が日本に来て采配を振るったなら、この本に書かれているような試合になるのかなと思いました。
 話は変わりますが、私はラグビーフリークで、ヨチヨチ歩きの頃から両親に花園ラグビー場に連れて行ってもらっていました。私の自慢は、ゲームで大体何点くらい差がつくかということを予想できることです。何試合か、その当該チームの試合を見ておれば、大体の実力がわかります。そこでこのゲームは大体何点差で、どちらが勝つと言うことをほぼ言い当てることが出来ます。自称ラグビーのハンデ師です。
 統計学的な評価、数字で表す評価も面白いですが、頭の中のコンピューターを働かせることも面白いですよ。


(6)阪神ファンの底力 国定浩一 新潮文庫

 阪神ファンとしても有名な筆者の、阪神ファン哲学を紹介した本です。面白く読めましたが、私は甲子園へもあまり行けず、サンテレビで(時には朝日放送で)応援するだけの熱心な阪神ファンですが、筆者の考えには多くのところで共感できます。
 ただ私は、キャッチャーミットにボールが入ったときの響きや、バットとボールの当たったあの音が好きですので、静かな環境でゲームを見たいと思っています。そこが筆者との野球の楽しみ方の違いですが・・・。
 最後の章の「日本の未来は、阪神ファンが握っている」と言う所は、経済学者の筆者の主張が判り易く述べられ、納得して読めました。ここを読んだだけでも値打ちのある本だと思いました。


(7)DNAから見た日本人 齋藤成也 ちくま新書

 「日本人はどこから来たか」これは昔から色々と論じられてきた主題です。
 日本語の成り立ちなどの文化から解釈する切り口や、骨や身体の特徴からの解釈など色々ありました。また最近では、遺伝子を用いた解析がさかんです。
 単に遺伝子と言っても、多くの因子が有り本当に多くの研究がなされてきました。
 筆者は世界的に有名な遺伝学の先生で、これらの研究を紹介するとともに近年の分子遺伝学を紹介してくれています。遺伝子のゲノムは実に多数ありますので、どれに注目するかで、結果は少しずつ変わってきますが、大陸からわたってきた先祖が、縄文人になり後に遅れて渡ってきた人たちが、その人たちと住み分けていくことで弥生人になっていったと言う大きな流れは、遺伝子的に見ても正しいようです。
 この本の主題は大きく、内容も精緻なため説明しだしたらとまりませんが、最新の人類進化学に触れることが出来る、面白い本でした。


(8)葬式をしない寺 秋田光彦 新潮新書

 檀家はなく、運営はNPOと言うお寺が大阪にあります。檀家がないので、お葬式もありません。
 現代の日本のお寺は、多くは葬式仏教と言われてお葬式を主に扱い、死んだ人やその家族を対象にした活動を行っています。しかしそれだけでは内向きで、社会に対する働きかけが全く出来ません。オウム真理教やその他の新興宗教が若者の中に支持を広げていったとき、既存の宗教は全く無力でした。それらに対する反省や、また葬式をしないでよいという立場を利用して、筆者は社会に対する働きかけを積極的に行っています。
 そのような姿勢こそが、もともと宗教が持っていたものでしょう。新たな展開と言うより、本来の姿を再現していると言うことだと思います。お葬式も家族葬や直葬が増えてきました。これは、従来の葬式仏教に対する強烈なアンチテーゼです。これを逆手にとって、お寺にしても従来の姿から脱皮するチャンスかもしれません。
 筆者はこのような革新的なお寺の運営をしていますが、そのバックには大きな葬式仏教のお寺を持っていますし、大阪では有名なお受験の幼稚園を持っています。そのようなものがあるから、このような試みが可能だったのでしょう。そこらあたりが、現実の厳しさです。


(9)いきなりはじめる仏教生活 釈徹宗 新潮文庫

 仏教は、キリスト教やイスラム教とは全く違った色彩があります。自分を謙虚に見つめ、自然の大きな流れのなかに自分をおいて、その関係を理解すると言う考えが、常にその底流に流れています。
 この本はそれらを詳しく説明し、私達の生活がいかに「仏教的なもの」を基礎に動いているかを教えてくれます。
 この本を読んで一番感激した所は、死生観について述べたところです。「死んだらどうなるのか」と言う疑問は「私の生は何なのか」と言う疑問と同じものだと言う指摘です。
 自分が死ぬときは、自分を一番愛していてくれた人が間違いなく迎えに来てくれる。それほど自分を愛してくれていた人が、迎えに来てくれないわけがないと言う確信。だからその時に、素敵な話が一杯出来るような生き方をしようという決心。
 私もこれらを心に刻んで、これから生きて生きたいと思いました。


番外篇  バラの国の王子 月組 宝塚大劇場

 ディズニーのアニメでも有名になった「美女と野獣」を宝塚版にリメイクした作品です。
 話の筋も明快で、ハッピーエンドで終わり、「復讐よりも許す」と言う結末でしたので、見ていてほのぼのとした気分になりました。シリアスな作品もいいとは思いますが、時にはこのような作品を見たいと思います。
 それにしても、トップの霧矢さんの野獣の衣装は迫力がありました。見に来た子供が大泣きした、というエピソードもあったくらいです。夏なら暑くてたまらないでしょう。この季節でよかった。
 ショウの「ONE」も実に宝塚らしい、美しく、明るく楽しい作品でした。はじめてみた時には、ドカーンと言う印象はないのですが、なぜかもう一度見たいなという気分になります。このショウでは、娘役トップの蒼乃夕妃さんが大活躍でした。娘役トップの中でも、ここまで踊れる人は居ません。この人のダンスを見るだけで、満足して帰れます。ぜひ一度月組公演をご覧ください。
 この公演は、3月11日が初演でした。やはり震災の影響で団体のキャンセルが出たりして、いつもより座席も空席が目立ちました。組子の皆さんも、このような状況で公演する事に戸惑いがあったかと思います。ロビーでは、次の公演に備えて稽古中の、星組の生徒さんがたが募金のお願いに立たれていました。
 この公演はゴールデンウィークに、東京で開演します。関東の人たちを、少しでも元気づけて欲しいものです。


白 江 医 院 白江 淳郎

2011/04/02 2011年3月の読書ノート
(1)「怖い絵」で人間を読む  中野京子  生活人新書        

 絵画を鑑賞する時、その絵が描かれた時代背景や、登場人物の人生などを知っていれば、なおさら興味深くその絵を見ることが出来るでしょう。
この本は有名な絵画を紹介しながら、その絵画に纏わる様々な物語を紹介しています。絵と言うのは写真のように、現実の一場面を切り取ったものではなく、画家の思考のフィルターを通して思想を表現したものです。そのようなことを詳しく紹介して、絵画に対する興味を高めてくれています。
私達の、心の襞の中に隠れている気付かなかったドロドロとした部分を気づかせてくれる本です。


(2)核心(上・下)パトリシア  コーンウェル  講談社文庫

800ページを超える、検屍官シリーズの最新刊です。これまで、主人公のスカーペッタと対決していた、シャンドンがまた違った姿で登場し、この件には結論が出ます。しかし、まだ逃げ延びた人たちがいるため、今後はこの人たちが脇役になって、このシリーズが続くと思います。
推理小説なので、内容を紹介するわけに行かずもどかしいのですが、この筆者の作品は登場人物の心理描写が詳細に書かれており、面白くもあり、また重たい感じもし、と言った所です。
概ね2日間に起こったことを、このように膨大な内容で著しています。読んで損をしたと言う感じのない作品です。


(3)紛争屋の外交論  伊勢崎賢治  NHK出版新書

 筆者は国連職員としてまた外務省から委託を受けて、世界各地の所謂紛争地域で紛争予防、または解決に当たってきました。
 その経験を基にして、現在日本が抱えている外交問題の解決方法を提案しています。現在の日本外交は、建前を押し通すことばかりで、実利を全く得ていません。「北朝鮮に対する経済制裁」と言う言葉は勇ましくもありますが、北朝鮮は中国やソビエト、韓国と貿易を増やし、肝心の拉致問題は一向に進展していません。大阪で言えば、朝鮮高校に援助をすることで、小さいことかもしれないけれど、小石を投じたことになるのに、と思います。
 尖閣諸島の問題でも、そこにある海底資源を喧嘩なしに手に入れる方が利益があるのに、中国脅威論が先行して、日本の面子をどのように保つかだけの問題になり、軍事衝突の話まで出る始末です。
 戦争ほど人々を不幸にするものはありませんが、一部企業にとってはこれほど儲かるものはないでしょう。筆者はこの本で、平和は多くの人に利益をもたらすものだ、言うことを認知してもらうことの重要性を説きます。そこで筆者は「ソフトボーダー」と言う概念を出し、日本と周辺諸国との関係を再構築しては、と提案します。
 私は正直言って、民主党政権がこのような考えを国民にアピールするものと、期待していました。しかし、彼らがしてきたことは、自民党政権以上の硬直し、しかも幼稚な外交でした。
 もっと柔軟で、世界から尊敬される外交の行える政権は出てこないのでしょうか。


(4)疲れない体をつくる免疫力  安保徹  知的生きかた文庫

  題はこのようになっていますが、私達の体の恒常性を保つには、免疫力だけでなく自律神経系も重要な働きをしています。これらが複雑、巧妙に働き、私達の生命の機能を安定化させているのです。
 この本はそれらのことを、実に安易に、私達から見るとそこまで単純に割り切って説明していいのだろうかという段階で、紹介してあります。
 読んである程度納得してもらえばよいのですが、私の持っている知識では、人体のホメオスターシスはもっと複雑です。


(5)テレビは総理を殺したか  菊池政史  文春新書

 マスコミの政治報道が、視聴率獲得競争によりワイドショー化するにつれ、政治家もそれを使って、自分の主義、主張をアピールしようとします。しかし話はそんなに甘いものではなく、マスコミに自分をさらせばさらすだけ自分を消費して行き、最後は陳腐な存在に成り果ててしまいます。
 この本は歴代の総理大臣と、マスコミとの関係を詳しく検証してあります。
 歴代の首相で、最も上手にマスコミを利用したのは、小泉信一郎であることは間違いありません。この本では彼のマスコミの使い方の巧みさが、色々と紹介してあります。ただ残念なのは、色々と正義派ぶっているマスコミですが、小泉の人気に乗り郵政選挙をお祭りのように報道し、現在のような社会にしてしまう片棒を担いだ責任の総括が少ししか述べられていないことです。あの時点で、小泉、竹中が行っている市場原理主義に大きな声で反対をした報道機関はあったでしょうか。
 話はわき道にそれますが、橋下府政に「それはおかしい」と意見を述べているマスコミはあるのでしょうか。人気者、受けのいい人に阿るばかりがマスコミではないでしょう。テレビの政治報道の多くのものが、良識を反映しているものではないように感じてしまいます。
テレビはいろいろな面から、総理大臣を赤裸々に見せてしまいます。そういうものを見ると、こんな人たちに私達の未来を託してはいられない、と言う気持ちになってきます。ただここで、もう一度注意しなければならないのは、愚かな大衆を上手く先導していく、マスコミと一体になったファシズムの台頭でしょう。大阪府がそうならないように、皆さん良識を働かせてください。


番外篇  「記者と皇帝」 宙組  宝塚バウホール

 19世紀後半のサンフランシスコ、そこに実在した、破産を契機に自分が「皇帝」であるという妄想に取り付かれた男と、彼を使って市の政治を自分の思い通りにしていきたいと思う影の勢力、その「皇帝」を取材しているうちに、この企みに引き込まれていく主人公のアーサー キング ジュニア、新聞記者としてライバルのロッタ ブライ、その新聞社の編集長、その他多くの人たちが巻き込まれ、テンポよく面白く話が進んでいきます。
 バウホールという、大劇場に比べると小さな劇場ですが、舞台装置が工夫され、ライトと装置を少し移動させることで、場面を上手に変換させている所は、さすがだと思いました。
 そして何より、主演は私のお気に入りの北翔海莉さん。歌やダンスは勿論ですが今回はタップダンスも入り、大活躍でした。また彼女の人柄がにじみ出た、最後の舞台挨拶も素敵でした。


白 江 医 院 白江 淳郎

2011/03/02 2011年2月の読書ノート
(1)俳句のユーモア  坪内稔典  岩波現代文庫         

 わずか17文字で自然や、感情や、世界を表現する俳句。私は芸術のことはよく解りませんが、新聞に掲載される俳句の投稿欄は好きで、よく読んでいます。
 この本は、連歌から始まり、芭蕉、子規による(あるいはその世代の人たちによる)変革運動を経て、現代に至る俳句の歴史がまず紹介されています。勿論、俳句は文学の一つの分野ですが、もともと持っていたユーモア、言葉遊びの精神を忘れてはならないように思います。
 17文字の文学ですから、作者の考えと違うように解釈されることがあります。しかしそれはそれで、その俳句が新しい命を与えられたことになるのでしょう。私が新聞で読んで感動していても、作者の意思とは全く違うものかもしれませんが、やはり楽しみの一つです。
 俳句の初心者である私達の、入門書としていい本だと思いました。


(2)海戦からみた日露戦争  戸高一成  角川oneテーマ21

 日露戦争での海戦、特に日本海海戦は日本海軍のパーフェクトな勝利で、それを可能にした要因は、所謂「丁字戦法」と、「東郷ターン」、「7段構え」と言った作戦が素晴らしかったからだ、と言うことになっています。
 「坂の上の雲」の大ファンの私は、日本海海戦の段になると、胸が熱くなってきます。しかし、いつも読後感として、「丁字戦法」は一体どのように実践されていったのかとか、「7段構え」の戦術の1段目などはどのように実践されたのか、と言う疑問が残っていました。
 この本はそれらの疑問に、明快な回答を与えてくれる本です。
 「丁字戦法」は黄海海戦のきわどい勝利の反省から、大きな見直しが行われたようですし、「7段構え」の作戦も「天気晴朗なれど、浪高し」と言った状態だったので、波にもまれやすい駆逐艦による先制攻撃などは、行えなかったようです。
戦争は当然相手があることなので、時々刻々と状況は変わっていきます。それに対応し、作戦を選択していくこと、また十分な準備をしておくこと、これらが出来たことが、連合艦隊の完全ともいえる勝利につながったのでしょう。司令長官の東郷元帥、作戦を立案したと言われる秋山真之が、戦後これらの作戦についてコメントしていないことが、多くを語っています。
 この本には書かれていませんが、「完勝できた原因の半分は全くの運で、残りの半分は努力してきて得られた運だ」と確か佐藤鉄太郎中将が、後日語ったそうです。深い言葉だと思いました。


(3)「気だてのいいひと」宣言  香山リカ  東京書籍

 最近の社会で「いい人」、「いい子」を定義すれば、物事に対する意見をしっかりと持ち、他の人にそれを理解させる説得力を持ち、それが達成できるまで頑張り続けることが出来る人、と言うことになるかも知れません。しかしそれを推し進めてきた最近の日本では、ごく一部の「いい人」、「いい子」と、それを達成できず病んでしまった人、そこまで行かずとも、その矛盾を言葉にも出来ず、押し黙ってしまった人達に分かれてしまっているように思えてなりません。
 古来日本の社会は、そのような押しの強い、自己主張の強い人たちを持て余して排除し、お互いの立場を尊重して成り立ってきたものです。筆者は、優柔不断で、人のことを考えすぎて行動を起こせないと言われている人たちを愛情を持って見守り、私達のこれからの生き方を示唆してくれます。
 小泉、竹中に代表される市場原理主義は、多くの人たちを不幸にするだけです。それに対してアンチテェーゼを発していくことを期待された民主党政権も、菅首相になってから、国民に説明しないままますますその傾向を強めています。もう一度私達は、私たち自身の本来のメンタリティーを取り戻さなければならないでしょう。


(4)竹中平蔵こそ証人喚問を  佐高信  七つ森書館

 経済評論家の佐高さんが、小泉、安部の時代に政治にかかわり、日本をこのような形にしてしまった人たちを糾弾しています。
 以前より、佐高さんの考えと私の考えは似た所があると思っていましたが、許しがたいと思っている人物が、これほど一致するとは驚きでした。清廉潔白な人物が、自分の信念を貫いて政策を断行し、その結果今日のような格差社会になってしまったのなら(そんなことはありえないけれど)まだ諦めもつきますが、自分の利益を誘導する為に政策決定をし、日本を支えていた中流階級の人たちを没落させ、自分は大きな顔をしている、そんなことは許すわけに行きません。
 その象徴的な存在が竹中平蔵で、まだ大きな顔をして日本経済に対して意見を述べています。反省や廉恥と言う言葉は彼にはないのかと思いますし、その彼をまだ持ち上げているマスコミの態度には、あきれ返ります。怒りついでに言わせてもらうと、最近の朝日新聞は小沢たたきと言い、竹中重視と言い、おかしすぎます。
 佐高さんは舌鋒鋭く、彼らを糾弾します。マスコミはこれくらいのことを書いても当然なのに、なぜ書かないのでしょう。結局は同じ穴のムジナなのだと思ってしまいます。


(5)資本主義はなぜ自壊したのか  中谷巌  集英社文庫

 なぜか不安で、おかしくなってしまった日本社会。そのきっかけとなったのが、アメリカやイギリスが始めた、市場原理主義政策を日本が受け入れたことでしょう。
 この本は、竹中平蔵とともに政府が取った様々な政策に携わった、有名な経済学者である筆者が、その歴史や問題点、またそれらの反省に立って、これから日本はどのように政治を進めていくべきかを述べています。そこまで言うのなら、なぜあの規制改革会議で正々堂々とその意見を述べなかったんだ、と思ってしまいます。
 もともと日本は、士農工商と言う身分制度はありましたが、現代の私達が思っているより緩い制度で、身分間の移動も難しいものではありませんでした。また「武士道」はありましたが「商人道」もあり、信用を築き、失わないようにすること、一生懸命に働くこと、損をして得をとること、等が当然のことと思われていました。しかし西洋では、今でも厳然とした身分制度があり、それを覆い隠す為に「民主主義」と言われる物があり、貪欲な拝金主義を隠す為に「資本主義」が発生しました。そしてそれの行き着いたところが、反省、自律のない「新自由主義経済」、「市場原理主義」です。
 これは単に経済上の問題だけでなく、社会や自然や、最後は人類をも滅ぼしてしまいます。今話題になっているTPPなどは、形を変えた新自由主義経済ではないかと思います。また福祉の為に消費税の税率を上げることが、既定の事実のようになっていますが、こうなれば今まで以上に、医療難民、介護難民が増加することでしょう。
 このような大きな国民の問題を抱えておれば、小沢をどうするなどと言った問題で権力闘争をしている時間などないはずです。一番国民のことを考えていないのは、国会議員、政府の閣僚ではないかと思ってしまいます。


(6)日々是修行  佐々木閑  ちくま新書

 仏教と言われて、皆さんはどのようなイメージを持っておられるでしょうか。私も、自宅には仏間があり、先祖代々の仏壇があり、何かことがあれば仏壇に手を合わせます。しかし、お前は仏教徒かと尋ねられれば、仏教と言うものを真剣に考えたことがないので、答えに窮してしまいます。
 ただ仏壇に居る祖父や祖母、ご先祖様(医学的に言えば、私のDNAを構成する因子)に対して、手を合わせているに過ぎないと思います。それが仏教なのでしょうか。もっと、土着的なものを、私の「信仰心」は持っているのではないかと思っていました。
 この本を読んで、お釈迦様の考えておられた、また実践しておられた仏教と言うのは、現在私達が考えている「仏教」とは全く異なるものだと言うことが解りました。大乗仏教、小乗仏教というものがあり、これまでの印象では、大乗仏教が大きな視点に立って物事を考えており、より高度なもののように思っていましたが、個人の内容を高めるといった視点で修行に打ち込む小乗仏教が、本来の仏教と言うことが解ってきました。なかなか奥の深い本でした。
 因みにこの本の筆者は、京大工学部を卒業後、文学部哲学科に再入学し以後仏教の研究を続けておられる方で、私の家内の大学時代の友人のご主人です。その友人のお兄さんが、この本でも紹介されている、遺伝子の研究では世界的な権威である、齋藤成也先生です。優秀な人と言うのは、集まるものですね。びっくりしました。


(7)長崎を識らずして江戸を語るなかれ  松尾龍之介  平凡社新書

 長崎のことを「江戸時代の世界への窓口」と言う人もありますが、筆者は「窓口」ではなく、「世界への玄関」だと言います。実際、外国から通商を求めて日本にやってきた船は、すべて一旦長崎へ行くようにと言う指示が出されました。そこで連絡を待つわけです。また長崎には、ご存知のように出島があり、オランダとの交易だけでなく、医学をはじめとする様々な文化が入ってきました。長崎はまさに、外国を広く受け入れる場所だったわけです。
 また長崎では、このような海外からの文化を受け入れ、理解できるインテリジェンスの高い人たちが多く住んでいました。それらの人が、長崎独自の文化が発展していく土台になりました。
 筆者はこれらの人たちを、丁寧に発掘し、紹介してくれています。今度長崎に行くチャンスがあれば、ぜひともこの本を持参したいと思いました。


(8)指揮者の仕事術  伊東乾  光文社新書

 オーケストラやオペラで「自ら音を出さないただ一人の音楽家」である指揮者の、仕事を詳しく紹介してあります。
 ただ筆者の経歴を見ると、音楽が好きで、ピアノや指揮の勉強をしながら、音楽の理学的な側面を勉強したいので、東京大学の理学部に入学し、大学院まで終了したという事で、これだけで参りました、と言う感じです。
 筆者の頭の良さがよく解る本で、例えなども適切です。筆者は、指揮者を会社の社長に例えています。その指示によって発展する会社になるか、そうでないかが違ってくるのと同じように、指揮者の指示によってよい音楽になるかどうかが、変わってきます。
 また特にオペラで見られるように、観客に印象的にアピールできる色々なノウハウがあり、指揮者はそれを駆使して、素晴らしい舞台を作るように、オーケストラの団員やオペラの俳優と一緒に工夫します。
 読んでいて、長い伝統に裏打ちされた西洋の音楽に感心しました。


(9)戦国「常識・非常識」大論争  鈴木眞哉  洋泉社歴史新書

 私達が常識のように思っている戦国時代の事柄、「武田の騎馬隊は強かった」とかその騎馬を破った織田信長の長篠の戦い、そこで有名な「鉄砲隊の3段構え」は織田信長が他の戦国大名とは比較できないほど、鉄砲に精通していたからか、などを検討しています。
 筆者は勿論それらに十分な考察を加え、納得がいく形で、私達が持っている常識を覆してくれます。
 これは面白いのですが、年齢のせいで短気になっておられるのか、これまでの常識にのっとって、なされた発表に対して怒り続けておられます。この部分は読んでいてもあまり面白く感じませんので、編集の段階で調節する必要があったのではと思います。
 歴史上の物事に対して、目を醒まさせてくれる本であるだけに、残念です。


(10)巨大翼竜は飛べたのか  佐藤克文  平凡社新書

 以前読んだ「ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ」の筆者の続編です。前作では、水中を泳ぐ動物にデータロガーと呼ばれる記録装置をつけ、行動を分析していましたが、今回はデータロガーも進化し、空を飛ぶ動物にも装着して行動を分析しています。水中を泳ぐ動物は浮力と戦い、空を飛ぶ動物は重力と戦っていますので、理屈から言えば大きな違いはないわけです。
 アホウドリや、オオミズナギドリと言った大きな鳥は、飛び立つことが下手ですが一旦飛び立てばのんびりと気流に乗って飛んでいるように見えます。魚のマンボウも海の中をのんびりと漂っているように思えます。しかし行動のデータをとれば、これらの動物達も決してのんびりしているわけではなく、「やるときはやる」で、必要な時にはかなり機敏に行動していることが解ります。
 そしてこれらの行動が、体重や体の大きさと相関関係を持っており、動物達はいかに効率よく動いているのかが解ります。そうだからこそ、今まで生き残って来れたわけです。
これらの話は実に面白く、学問の奥深さがわかります。
話はここから発展して、化石で有名な巨大な翼竜が、現在考えられているような体形や体重で空を飛べたかという、疑問に筆者が答えます。結論は読んでのお楽しみですが、机上の空論ではなく、実際の鳥達から得たデータを使った筆者の説明には説得力があり、読んで納得させられます。実に面白い本です。
正直言ってこれらの研究が、お金儲けに役立つことはありません。「事業仕分け」にかけられれば、廃止と言われるでしょう。しかしこれが、大学や大学院で行う学問であり、究極的には人生を豊かにし、世界に自慢できる物なのだと思います。
民主党のあの国会議員、これらのことを解っているか?


番外篇  「恋のプレリュード」 花組  宝塚大劇場

 花組男役トップスター、真飛 聖さん退団公演です。さよなら公演お決まりの、名残尽きない寂しさと、これまでの思い出とが入り混じった、よくまとまった作品でした。
 舞台は1930年代のアメリカ、サンタ モニカです。世界的な発明とそれを横取りしようとする勢力の争い、家族の感情のすれ違い、男の友情など盛りだくさんな内容です。
ただ、この発明を横取りしようとする勢力と言うのがナチスなのですが、「アメリカでカギ十字の腕章をつけて、黒い服を着て群集で歩いていたら、それはおかしいやろう」と突っ込みを入れてしまいました。
 以前も書きましたが、花組の娘役さんは私が見て美しい人が多く、特にショウは色彩的にも美しく楽しめました。
 リラックスして観劇し、心温かくなるのにふさわしい作品です。


白 江 医 院 白江 淳郎

2011/02/03 2011年1月の読書ノート
(1)美女たちの西洋美術史 木村泰司 光文社新書          

 私の好きな肖像画シリーズ、今回はヨーロッパの歴史上の美女の登場です。
 ルネッサンス期から現代に至るまで、美人の肖像画が紹介され、その人物が歴史上で果たした役割などが紹介してあります。歴史の教科書に出てくる有名人物は、イングランドのエリザベス一世、スコットランドのメアリー スチュアート、フランスのマリー アントワネットくらいですが、歴史の裏側を彩った人たちが多く出てきます。
 私はいつも不思議に思うのですが、たとえばルイ15世の愛人のポンパドゥール夫人、夫人なのでご主人は居るわけで、そんなに大っぴらにしていいのかと心配していました。不倫ですよね。この本を読んで、主人は生涯彼女のことを許さなかったと言うことで、納得したり、安心したり。
 以前にも書きましたが、肖像画というのは写真と違って、その画家の、モデルのなった人への感情や社会的評価が現されています。そういう目で肖像画を見れば、興味深く鑑賞できそうです。
 またそのような肖像画のモデルが、時に理解できないようなものを持っていたり、関連がわからない背景が描かれていると思われたことがありませんか。この本ではそれらも詳しく説明してあり、腑に落ちました。


(2)誰も教えてくれない男の礼儀作法 小笠原敬承斎 光文社新書

 室町時代に興った小笠原流の礼法、その秘伝の古書を紹介しながら、現代の私達に参考になる礼儀作法を紹介してあります。
 一旦本になってしまえば、それが一人歩きしてしまいますが、要するに人の立場を理解し、それを尊重して人間関係を潤滑になるよう勤めると言ったことが基本になります。
 この本を読んでみて、私の普段の行動を反省させられました。細かいことにこだわるよりは、他の人に対する心配り、その人を尊重する心が大事です。


(3)イタリア24の都市の物語 池上英洋 光文社新書

 イタリアと言うと、ローマ帝国という言葉がすぐに思い出されるでしょう。しかしイタリアではそれ以降、多くの国が各々の地域で覇権争いをしてきました。それらの町はその土地の職人の技術で作られ、メンテナンスされてきました。その結果イタリア全土に、特徴のある都市が形成されました。
 この本は、そのなかでも有名であったり、絶景を持っている24の都会を紹介してあります。有名でない町でも、それぞれが引き込まれるような魅力を持っていることがわかります。
写真が豊富で、説明も的確な本です。手許において、旅行に行った気分になるのもよいでしょう。


(4)古事記を読みなおす 三浦祐之 ちくま新書

  古事記と日本書紀は、一般に「記紀」とまとめて呼ばれます。しかしよく調べてみると、この二つは作られた目的も、その作られ方も全く異なる物である事が判ります。
 日本書紀は、律令国家の正当性をアピールする為に作られたものだと考えられます。しかし一方古事記のほうは、滅んで行った「出雲王朝」の記述に多くが割かれており、倭に対抗したけれど滅んでいった、国や人たちが生き生きと著されています。これらから、古事記は所謂、「鎮魂の書」であると言えるかもしれません。
 また古事記は、民間の口承を文章にしていったようにも思われます。古代も現代も、多くの人たちが持っている、滅んでいった人たちへの同情、これが人々の間にあり、ちょうど平家物語が琵琶法師によって語り継がれたように、語り部によって受け継がれてきたさまざまな物語、それをまとめたものが古事記ではないかと思われます。
 この本は古事記への入門編です。一度じっくりと古事記を読んで見たいと思いました。


(5)働かないアリに意義がある 長谷川英祐 メディアファクトリー新書

 最近有名になってきた、2:8の論理。「勤勉」と言うイメージでとらえられている働きアリの社会では、一生懸命に働いていると観察されるアリは20%で、残りのアリは働いてはいない、それでもアリの世界は上手く機能していると言うものです。
 それを研究している筆者が、地道なそして気の遠くなるような研究結果を、人間社会をたとえに使うことで面白く紹介してくれています。
 「働かないアリ」、と言う風に言われてはいますが、それは決してサボっていると言うわけではなく、作業にかかる「反応閾値」(これを筆者は「仕事に対する腰の軽さの個体差」と、実に上手に表現していますが)が異なるのだそうです。部屋が少しでも汚れていれば掃除を始める人と、汚れが目立つようになってから、やおら掃除を始める人の違いのようなものです。すぐに掃除を始める人が忙しすぎて、多くの場所の掃除に手が回らず、汚れが目立つ所が出てきたら、そのサボりの人の出番です。そのような仕組みで、アリの社会は上手く成り立っているようです。
 このような研究、事業仕分けではまず無意味な研究だと、廃止の対象になるのでしょうか。ある意味、働かないように見えるアリのようなもので、目先のことにかまけている人たちには見えない、大きな知識を私達に与えてくれているように思います。これこそ、大学や大学院で行う学問だと思います。
 もう一つ感じたのは、アリの社会は私達の人体と同じことだと言うことです。一つの受精卵から、同じ遺伝子を持った細胞が分化して様々な臓器を作っていきます。あるものは女王アリのように生殖をつかさどるものになったり、あるものは脳になったり、筋肉になったり、兵隊アリや、働きアリのようなものです。またそれらは常に100%で、マックスで働いているわけはありません。
 人間社会というだけでなく、自然界と言うのはこのような形で動いているのだと感銘を受けました。
 この本は絶対面白く、お勧めです。


(6)失われた「医療先進国」 岩本裕 講談社ブルーバックス

 「救われぬ患者」「報われぬ医師」の袋小路、と言う副題がついています。私達医師も、医師会も、行政も頑張ってはいるのですが医療崩壊は進んでいます。マスコミも色々と不幸な出来事を報道するのですが、多くは医療提供側に非があるという論調で、建設的なことを言ってはくれません。私達にとっても、また住民の方々にとっても欲求不満は募るばかりです。この本はこのようになってしまった医療供給体制をどうするか、と言うことを主眼に書かれています。しかし肝心の結論部分は、正直言って消化不良の感じがします。
 勤務医は過酷な労働で低賃金、開業医は短い勤務時間で多くの収入と言うステレオタイプから抜け出せない所もあります。地域で頑張っている、かかりつけ医のことをもう少し取材してほしいものだと思いました。
 今日の医療崩壊、特に産科では、福島県立大野病院の事件が大きな契機となっています。しかしこの本では、医学的知識のない医師が起こした事件とのみ説明されています。とんでもない説明です。やはりこの筆者は医学のことがわかっていないのだと納得しました。色々な医学界総会に行って、その発表を聞くと、ある疾患に対する治療法が全く逆のものが発表されることがあり、それに対して多くの意見が出されます。大野病院の医師の行った治療は決して間違ったものではありませんでした。次も子供を生みたいと言うお母さんの希望をかなえようと思い選択された、理解できる手術方法でした。ただ彼を起訴したい検察側は、その選択に反対する論文を探し出し、同じ産婦人科でも専門の違う教授を参考人として意見を述べさせ、逃げも隠れもしない医師を逮捕したのです。論点は、胎盤を剥離する時に手で行うべきか、はさみで行うべきかと言うこと、ただ一点でした。誤解されないようにもう一度確認したいのですが、最近話題になった奈良の山本病院や、慈恵医大青戸病院の許しがたい医師は糾弾されて当然です。しかし私達と変わらない、善意で頑張って医療をしている医師が、警察、検察の業績をあげる為に逮捕されることが問題なのです。
 このようなことで手錠をかけられ、犯人扱いされて情熱を持って医療が出来るでしょうか。それを正確にマスコミが報道しないことが大きな問題なのです。
 私は、医師にとって「自律」は大いに必要だと思っています。そのことを藤井寺市医師会でも実践しているつもりで居ます。これからの日本の医療は、この「自律」を基本にした、この本で紹介されているドイツを基本にした制度を採るべきだ、と考えています。


(7)予防接種は「効く」のか? 岩田健太郎 光文社新書

 著者の岩田さんは私達の業界では、感染症対策の専門家として有名な人です。その人が予防接種について、「効果があるのか」、「副作用はどう考えるか」、などをわかりやすく説明しています。
 明確、明快な態度で実にわかりやすい本です。ただこの本を読んでびっくりしたのは、所謂ホメオパシーを信じる人の、予防接種に対する考えが、私達の考える医学の常識と以下に大きく異なっているのかと言うことです。しかしこのようなことも、私達医師に対するアンチテェーゼと考えなければならないのかと、びっくりしてしまいます。詳しくは本文をお読みください。
 この本は予防接種について解説した本ではありますが、実際は岩田先生の矜持を紹介した本だと感じました。そういう風に考えて読んでも面白いと思いました。


(8)なぜ取り調べにはカツ丼が出るのか? 中町綾子 メディアファクトリー新書

 テレビドラマで刑事物の取調べには、最後に必ずと言っていいほどカツ丼が出てきて、犯人はそれで泣き崩れて自供します。また問題のある学校に赴任する熱血先生は、どう言う訳か初出勤の日に遅刻します。学校で問題のある、いじめっ子の親はPTA会長で地元の有力者です。恋愛物のヒロインの彼は海外出張中で、しばらく音信がなくなり、ヒロインが新たな人生を考え出した頃に突然帰国します。
 このような「ベタ」な表現はどうして生まれたのか、またその変遷はどのようなものかを、時代背景とともに考察してあります。その時代を生きてきた者としては、懐かしいものがあります。
 この本では多くのテレビドラマのあらすじも紹介してあり、面白く読めました。ただ私はテレビドラマは全然と言っていいほど見たことがないので、130近く紹介してあるテレビドラマのどれ一つも見たことがありません。そのような私でも、その時代の雰囲気を思い出し、懐かしく、また面白く読めました。


(9)風流江戸の蕎麦 鈴木賢一 中公新書

 西の饂飩、東の蕎麦というイメージを持ちますが、江戸時代の前半までは関東でも饂飩が主流だったようです。赤穂浪士が討ち入りの前蕎麦屋に集合して、その後吉良邸に討ち入ったと言うことになっていますが、その頃は江戸でも蕎麦屋がそれほどポピュラーでなく、実際の所は何軒かの同士の家に集まり、吉良邸の門前に集合と言うことだったようです。
 しかしその後、蕎麦はだんだんと江戸の庶民のポピュラーな食べ物となって行きました。それにつれて俳句や、落語、浮世絵など様々なものに取り入れられるようになって来ました。この本はそれらのことを、絵などの資料を結構ふんだんに使用して紹介してあります。結構気軽に楽しく読めました。

 皆さんは、饂飩とお蕎麦、どちらがお好きでしょうか。私は風味があり、あの色が(昔で言う)滋養がありそうな感じがするので、(京都 松葉の「にしんそば」のこともあり)お蕎麦が好きです。


(10)快楽でよみとく古典文学 大塚ひかり 小学館101新書

 源氏物語をはじめとする日本の古典文学、それらに使われている言葉を仔細に分析すると、セクシュアルな言葉が多くあり、それを基本として現代訳していくと、有名な物語が実にセクシャルな、ポルノ文学になっていくと言う面白い本です。
 餅が性交を意味すると言うように、本当かなと思うようなものがありましたが、そのように読めば納得できました。フムフム。
 なんだか中、高校生の頃の、リビドー一杯の頃を思い出しました。


(11)サラリーマン漫画の戦後史 真実一郎 洋泉社新書

 私の親戚は医師が多く、サラリーマンと言われる職業についている人は、殆ど居ません。また会社に勤めている、と言う人は居ますが全員技術屋で、典型的なサラリーマンの生活の雰囲気は全くわかりません。自分でも、もし医師になれなければ、理学部か農学部を出て大学か、高校の教師になるかなと思っていました。
 しかし戦後の日本を支えてきたのは、所謂サラリーマンの人たちです。人口のかなりの部分を占めるこの人たちを題材にした、出版物が出るのは当然でしょうし、また日本は信じられないことに、大人でも漫画を人前で恥ずかしげもなく読む国ですから、サラリーマンを題材にした漫画が出ることも当然でしょう。
 戦後会社は、社員が愛社精神を発揮し、家族のように会社を支えてきました。しかしそれもバブルの崩壊、新自由主義、それに伴うリストラ、非正規雇用者の増加など全く想像できないような世の中になってきました。そのような世相を反映して、サラリーマン漫画も様変わりをしてきます。
 この本で紹介してある漫画で、私が読んだことのあるものは「フジ三太郎」だけでした。この漫画が終わるのと機を一にしたような形で、バブルがはじけ、苦しい時代になってきました。やはり昔のサラリーマンという価値観では乗り切られない時代になり、それと同時にフジ三太郎も去って言ったのだなと思いました。


番外篇  ロミオとジュリエット 雪組 宝塚大劇場

 昨年星組で上演され、私が昨年のベストに選んだ、あの「ロミ・ジュリ」その再演を雪組が行いました。星組公演は梅田芸術劇場で行われ、30人位のメンバーでしたが、今回は大劇場で、80人近いメンバーで、しかもフィナーレもあってと言うものですので、どのように変わっているかと、おおいに興味を持って見ました。
 雪組はトップスターだった水夏希さんが退団し、その前後にも準トップや、副組長など多くの実力派メンバーが抜けましたので、まさに新生星組がこの舞台から歩き始めるという大切な公演です。
 この作品はあのシェイクスピアの作品を、ミュージカルに作り直したもので、ミュージカルとしてみてもなかなか素晴らしいものです。ただ主要な登場人物が少なく、実力のある、学年が上の生徒さんも群集の一人でしか登場できない、と言う欠点があります。そういう意味では、30人くらいで構成するのがよいのかもしれません。しかしまあそこは小池修一郎さんの潤色、脚本で大人数でも上手くまとめられていました。流石です。
 新しくトップになった音月桂さん、熱演でした。ジュリエット役の舞羽美海さん(3回行ったのですが3回とも舞羽さんを選んで行ったので、もう一人の夢華さんは見ていません。)も歌もだんだんと安定し、この人が娘役トップになってもよいのにと思うくらいの出来でした。ただ組全体としての出来は、初期の頃に比べてだんだんとブラシュアップしているものの、星組と比べてまだ深さが足りないように感じました。
特に男役準トップの力が不足しているように感じました。現在絶好調の星組に追いつくにはまだまだです。より一層の努力を期待します。


白 江 医 院 白江 淳郎

2011/01/01 2010年12月の読書ノート
(1)洋酒うんちく百科  福西英三  ちくま文庫

 あまり強くはなく、すぐに眠ってしまいますが、お酒は嫌いではありません。ワインも美味しくいただきますし、ウイスキーのあの色や、喉や鼻を通っていく香りも好きです。
 しかしカクテルというものは、あまり飲んだことがありません。せいぜいジン トニックを飲むくらいです。
 この本は日本洋酒界の泰斗である筆者が、多くの洋酒についての様々な薀蓄を語ってくれています。文学作品に登場するお酒、映画に登場するもの、音楽と関係するお酒などが紹介され、お酒がそれぞれの場面でどのように重要な役割を果たしているかが判ります。
 また色々なカクテルの由来や、歴史なども紹介され一度飲んでみたいという気になります。
 一つ一つの物語が、数ページでまとめられ、読みやすくなっています。手許において、何かあるたびに参照したり、時間つぶしに読むのに、内容もしっかりし、文章にリズムがあるので最適の本です。


(2)鉄ちゃんに学ぶ「テツ道」入門  野田隆  光文社知恵の森文庫

 鉄道の好きな人を分類すれば、「乗りテツ」、「撮りテツ」、「収集テツ」などいろいろな種類になるようです。それらの人達はそれなりにルールを作り、こだわりを持ってその趣味を楽しんでいるようです。
 私も小学校入学以来、国鉄関西本線(現在のJR大和路線)に50年以上乗っていますので、鉄道は身近なものですが、そこで過ごす時間は主に読書か昼寝に当てられています。
 ただ最近感じるのは、普通電車のロングシートに座るのと、快速電車のクロスシートに座るのとでは気分が違うということです。ロングシートでは、もっぱら集中して本を読んでいるのですが、クロスシートに座った時は、時に本から目を上げて外を眺めていることがあります。やはり少しは旅行しているような気になるのでしょうか。そのときの気分などによって、風景も違うように感じ、これも一つの「テッチャン体験」かも知れません。


(3)武士の町 大坂  薮田 貫  中公新書

 町人の町といわれていた江戸時代の大阪ですが、大阪城があり、徳川幕府の西日本を監督する重要な機能は当然果たしていたはずです。しかし、多くの本は大阪には200人位の武士しか住んでいなっかったと述べています。
 それに疑問を持った筆者は多くの資料をあたり、8000人くらいの武士が居たという結論に達します。現在の谷町や、上町、あるいはその周辺には多くの武家屋敷があったようです。それらが明治時代以降取り潰され、造幣局などの建物に変わって行きました。
それとともに、多くの武士が大阪に居たという記憶が人々の間から無くなって行き、商人という言葉がひとりでに歩き出して生きました。大阪の様々な名所を描いた絵でも、武士が登場するものは皆無といってよいようです。これらは実際に武士が居なかったというのではなく、たとえ武士が居ても意識に上らなかったということなのかもしれません。
 これは目から鱗の本でした。お勧めです。


(4)東京煮込み横丁評判記  坂崎重盛  光文社知恵の森文庫

 一生懸命に見るわけでもなくチャンネルを変えていたら、BSで吉田類という人が出ている、「酒場放浪記」という番組が放送されていました。はじめて見て以来、たまたまこの番組に出会うと、最後まで見るようになってしまいました。
 吉田類という人は「立ち飲み詩人」といわれている人だそうで、その道では有名な人だそうです。酒場に入って行き、亭主やお客さんと話しをしたり飲んだりして盛り上がって帰っていくという、「単なる酒飲みの話やないか」と突っ込みを言いたくなるような番組なのですが、これが結構面白い。吉田類さんのそこは力量なのでしょうが、自然にお客さんと友達になり番組を盛り上げて生きます。
 その文庫版がこの本といってよいでしょう。東京のいろいろな場所の酒場が紹介してありますが、その基準の大きな要素が、煮込みが美味しいかどうかということです。煮込みの美味しい店がお酒も美味しく、飲んでも食べても楽しい店だ、という基準です。
 大阪人の私にとって、この煮込み料理というのがどうもよく理解できません。関東煮のようなものなのでしょうか。東京に行くチャンスがあれば、この本を持って、紹介されている店を訪れて見たいと思いますが、結構ディープな店が多く、その前に立てば、しり込みしてしまいそうな感じがします。


(5)スターリンの対日情報工作  三宅正樹  平凡社新書

 日露戦争いやその前から、日本の情報はロシアに多く流れているといわれていました。いわゆる「露探」の存在です。
 そのなかでも特に有名なのは、ゾルゲ事件でしょう。筆者はその事件を詳細に調べることで、その組織以外にも、いくつかの情報収集のルートをロシアが持っていたことが明らかになります。ソビエトはそれらの情報を組み合わせ、より確度の高い情報を得ていました。日本人の情報提供者も、幾人書いたことが明らかになっています。
 この本はそれらを克明に紹介しているのですが、私が一番感じたことは、重要な情報がなぜ幸も簡単に流失してしまうのだろう、また暗号が解読されていることにどうして気付かなかったのだろう、ということです。一旦作り上げたものは無謬であると信じているように思います。
 結構ここらあたりを中心に、日本人論を展開したら、面白いものができるのではないかと思いました。


(6)食卓は学校である  玉村豊男  集英社新書

 料理や食文化について多くの本を書いてきた筆者の、いわば集大成とでも言うような本です。
 日本人は食事に対して寛容で、多くのものを取り入れてきたと思いますが、最近の変化はすごいもののように思います。子供の頃は、家族全員が揃って、作りたての暖かい料理やご飯を頂くことが当然のように思っていました。しかし最近はたとえ冷えていても、電子レンジで暖めればよいので、たとえ食事に遅れても暖かいものが食べられます。家族全員が揃って夕食を頂くのは、日曜日にあるかどうか、といった所でしょう。
 そうなれば当然、食卓を囲んでの会話もなくなってくるわけで、食事だけでなく家族関係にも変化が出てくることが考えられます。たかが食事と、軽視してはいけません。この本を読んで、やはり私達の生活を支えていく一番大切なものは食事だということ、またそれが単に栄養学的なものだけでなく、心の問題として食事が大切なものだということがわかります。


今年の総括

 今年は通算で108冊の本を読みました。面白いことに、昨年と同じ数の本を読んだことになります。
 そのなかで一番興味深かった本は、ベトナム戦争が終わって25年経過した後、双方の当事者が一堂に会して、なぜ戦争を回避できなかったのか、早期に終結できなかったのかを検討した、東大作さんの「我々はなぜ戦争をしたのか」(平凡社ライブラリー)です。これはベトナム戦争を検証しては居ますが、今日の北朝鮮問題、アフガン問題などの解決に向かっての手がかりを持っている様に思いました。また戦争に限らず、日常で遭遇するいろいろなことにも共通するように思いました。
 それともう一冊は齋藤貴男さんの「消費税のカラクリ」、いかにも福祉のために消費税率を上げなければならないように、マスコミや政治家が発言し、国民もそのように感じている雰囲気ですが、とんでもない誤解だということを私達に教えてくれます。
 来年はどんな本と出会えるでしょうか。と言いながら読書予定の本が10冊くらい本棚で待っています。


番外編 STUDIO54   月組  シアター・ドラマシティー

 1970年代にニュー ヨークに実際にあったディスコを舞台にしたミュージカルです。
 このディスコが生み出した人気のロックスターとその恋人、その2人を追いかける芸能レポーター、単なるパパラッチ対芸能人の物語と思えば、そこから色々な人たちの欲望が絡みだし大きな事件になっていくという、結構面白いお話です。
 30人という少人数で、しかもシアター ドラマシティーという小さな舞台で、ということなので、大劇場での出し物と感じは変わりますが、よりインティメットな感じがします。ダンスが上手なトップコンビの、そのダンスが少ないという不満もありますが、懐かしい音楽が沢山使われ、今年の最後を締めくくる楽しい舞台でした。


今年の私の宝塚ベスト3

1位  ロミオとジュリエット   星組   梅田芸術劇場

2位  銀ちゃんの恋       宙組   梅田芸術劇場

3位  愛と青春の旅立ち     星組   宝塚大劇場

ただし「スカーレット ピンパーネル」(月組)は私にとっては別格です。

 「ロミオとジュリエット」、これは作品もよかったし、今一番実力を発揮している星組の力を見せつけられた、と言う感じでした。「銀ちゃんの恋」は主役の2人は勿論ですが、「ヤス」を演じた北翔海莉さんの熱演に感動しました。この人はどんな役をしても期待以上のものを見せてくれます。そして「愛と青春の旅立ち」、私の若い頃にヒットした映画で、懐かしさをこめて、第3位です。
 今年は大劇場にかかった出し物はすべて見ることが出来ましたし、時には梅田で観劇する事もありました。昨年のように、こらはもう一つだったなと思うものもなく、楽しむことが出来ました。
読書同様、来年もどのような舞台と出会えるのでしょうか。これも楽しみです。


白 江 医 院 白江 淳郎


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